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魯山人の書 足立美術館

自然が師 奔放さと細やかさ

魯山人の書 足立美術館
「いろは屏風」(右隻) 1953年 紙本墨書 六曲一双 縦166.7×横364.8センチ
魯山人の書 足立美術館 魯山人の書 足立美術館 魯山人の書 足立美術館

 この秋50周年を迎える当館は、北大路魯山人(1883~1959)の作品を専門に展示する「魯山人館」を4月に開館しました。創設者の足立全康(ぜんこう)と現館長の足立隆則が収集した400点ほどの中から、新収蔵を含む約120点を常時展示しています。

 美食家としても知られ、陶芸、漆芸、絵画と一流の作品を残した魯山人の芸術活動は書が始まりでした。幼少時、神社の片隅の真っ赤なツツジの花を見て美に開眼、日本画家を夢見ます。しかし家計に余裕はなく、養子先で書道の懸賞に応募して得た金を画材購入に充てました。書は優秀作に何度も選ばれ評判となり、書や篆刻(てんこく)で生計を立てるまで腕を磨きます。楷書や隷書を身につけたのも看板制作をしながらの独学。芸術に個性を求めて師を持たず、生涯唯一の師範は自然美でした。

 「いろは屏風(びょうぶ)」は、淡墨をたっぷり含ませた筆で一気に書き上げた70歳の時の大作です。いろは歌の48字を、六曲一双の屏風の各面に3字ずつ置いたため入りきらず、左隻の最終面には小さな文字が並んでいます。支援者宅で酒に酔い興に乗って書いたもので、「つ」を書き忘れて後から付け足しているのも面白いところ。筆致の迫力と当意即妙の連続に圧倒されます。

 「染つけ古詩花入」は、詩文のほかサギや舟をこぐ人々が描かれ、書と絵画と陶芸が一体となった作品。輪郭線を取り、その中を彩色した籠(かご)字も実に細やかで、美と実直に向き合う魯山人の横顔が見えてくるようです。

(聞き手・斉藤由夏)


 《足立美術館》 島根県安来市古川町320(問い合わせは0854・28・7111)。
 午前9時~午後5時半(10月~3月は5時まで)。
 2300円。
 無休(新館のみ休館日あり)。
 30日まで「美の創造者 北大路魯山人」を開催。

館長 日下正周

 学芸部長 安部則男

 あべ・のりお 1991年に財団法人足立美術館に就職し、翌年学芸員に。学芸課長を経て現職。横山大観をはじめとする近代日本画を主に担当。

(2020年9月1日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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