もちもちした牛と、チョウやカタツムリなど周りを囲む小さな動物たち。ダイナミックさと細かい気配りが同居する「老子出関の図(部分)」は、富山市出身で、「昭和水墨画壇の鬼才」とも称される篁牛人(たかむら・ぎゅう・じん)(1901~84)の作品です。
牛人は工芸系の学校を卒業し、30代前半までは図案家として活動。40歳前に絵画に専念するも44年に出征し、本格的に制作を始めたのは復員後という異色の経歴の持ち主です。
乾いた筆に墨をつけ、紙に墨を擦り込む「渇筆」技法や、丸みを帯びてデフォルメされたようなフォルムなど、この作品には牛人の特徴が余すことなく詰めこまれています。
「老子出関の図」は、老子が牛を伴って関所を通る故事を題材としています。当館所蔵の作品には、牛をはじめとするたくさんの動物たちが描かれていますが、肝心の老子の姿がありません。
この作品は本来、幅約7.5メートルの大作で、老子が描かれていた右半分は長らく所在不明でした。2021年に牛人生誕120年の展覧会を見た右半分の所有者が気づき、2年後、半世紀ぶりに全図公開が実現しました。館にとっても思い出深い作品です。
「牡丹(ぼ・たん)(紅)」は、新古典主義を代表する小林古径(1883~1957)による日本画です。古径は静謐(せい・ひつ)な作風を好みました。花弁は鮮やかな朱で彩色。枝葉には塗った墨が乾かないうちにさらに墨をのせる「たらし込み」が使われています。日本美術の王道の表現が過不足なく表れている作品です。
当館は1999年に開館し、近代以降の日本の水墨画や富山ゆかりの画家の作品を中心に収蔵しています。館名に「水墨」とありますが、水墨画だけではなく、広く日本美術を紹介しています。「牡丹(紅)」を手本に、たらし込みの技法や朱の表現を体験するワークショップを開くなど、収蔵品をより身近に感じられる取り組みにも力を入れています。
(聞き手・中山幸穂)
《富山県水墨美術館》 富山市五福777(☎076・431・3719)。午前9時半~午後6時(展示室への入室は30分前まで)。200円。(月)(祝の場合は翌日)休み。
◆富山県水墨美術館:https://www.pref.toyama.jp/1738/miryokukankou/bunka/bunkazai/3044/index.html
![]() 学芸員 小松原椿さん こまつばら・つばき 明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻修了。2023年から現職。 |