読んでたのしい、当たってうれしい。

おもいのフライパン 石川鋳造の「逆転の発想」

 分厚く、ずしりと重いフライパンを老舗の鋳物メーカーが製作しています。その名も「おもいのフライパン」。80年を超える伝統の鋳物製造の技術をいかし、意外な発想から誕生した一品です。「おいしい料理を、安心して作っていただきたい」。そんな職人たちの思いが込められています。

 

◆開発まで10年

 

 「おもいのフライパン」は大きさの違う3種類があります。直径20センチのフライパンは、鉄板の厚さが5~7ミリもあり、重さは約1.2キロ。同じ大きさの一般的なフライパンは500グラム程度のものが多く、見た目からも重厚感が違います。

 

 作っているのは愛知県碧南市の石川鋳造です。「厚みのある鋳物ゆえに熱伝導や蓄熱性が高く、お肉がおいしく焼けます。無塗装で、安心安全に使えます。壊れにくく、長く使うことができるので環境にもやさしい製品です」(社長の石川鋼逸さん)。

 

              写真はいずれも石川鋳造提供

 

 鋳物の鉄板で焼いた肉は「ジューシーでおいしい」と多くの社員が感じていました。商品開発のなかで検査機関に鑑定を頼んだところ、一般的なフライパンと比べて旨み成分のイノシン酸やグルタミン酸が2倍ほど計測されました。肉の柔らかさでも高い数値が出てきたといいます。

 

 とはいえ、重いフライパンは、調理のときに使いづらいのではないでしょうか?鋳物のフライパン製作の構想を抱いた当初は、周囲や関連業界から、そんな疑問の声がいくつも寄せられました。いまは「入荷3年待ち」のときもあるという製品が誕生するまで、その開発には10年の月日が必要でした。

 

◆リーマンショックが転機

 

 石川鋳造は1938年創業です。精米業や運送業を営んでいましたが、石川さんの曽祖父にあたる初代社長が「これから日本はものづくり大国になる」と鋳物業に乗り出します。織機製造から始まり、戦後の高度成長期をへて工作機械や水道管、自動車部品などの製造で町工場として成長していきました。

 

 

 ところが、2008年のリーマンショックで赤字経営に転落します。自動車産業が冷え込んで注文が激減しました。ハイブリッド車や電気自動車の普及も見込まれ、主力商品の自動車部品の将来性に不安も生じます。「景気に大きく左右されないような新しい品を生み出したい」。社内に商品開発プロジェクトを立ち上げます。

 

 鋳物の長所、短所を分析し、これまでの企業向けの「BtoB」から消費者向けの「BtoC」にプロジェクトの方向が移っていきます。「頑丈で蓄熱温度が高い鋳物の強みをいかせるのは調理器具ではないか」「使用頻度が高い器具はフライパンではないか」。4代目社長の石川さんは、畑違いの家庭向けの商品の開発を決断します。

 

◆老舗の強み

 

 先代社長からは大反対されました。「鋳物は大きくて形がシンプルなものほど利益があがる。小さくて製造に手のかかるフライパンは儲からない」。同業他社からも「鋳物のフライパンが売れるわけがない」と失笑されることもありました。

 

 フライパンは軽く、薄く、コーティング済みの商品が主流です。ところが、鋳物は鉄の成分が詰まっており、どれだけ厚さを薄くしても軽くはなりません。「重い、厚い、無塗装に舵を切ったほうがいいのではないか」。逆転の発想で挑戦を続けます。

 

 使いやすさを追求し、取っ手の形状に試作を重ねました。指にフィットするような曲線を描きつつ、小さな三つの穴をあけたデザインで重さを軽減。バランスよくフライパンを持ち上げられるように取っ手の角度を1ミリ単位で調整しました。試作品は1千個以上にのぼります。

 

 

 無塗装には職人の技術が反映されています。コーティングなしの製品は、表面をきれいにする必要があります。「鋳物の表面は熱で伸び縮みします。製造工程で気温や湿度が異なると、できあがったときの美しさも変わってきます」(石川さん)。金属を溶かす温度や、溶けた金属を鋳型に流し込む通路(湯道)を何百回も変え、量産できる工程をつくりあげました。

 

 「鋳肌がきれい」と取引先から評される石川鋳造の製品。「85年の歴史がある老舗だからこそ、培ってきた伝統の力でいまの形までたどり着いたのだと思います」

 

◆広がるネットワーク

 

 「おもいのフライパン」の販売が始まったのは2017年です。石川鋳造は社員が約40人の町工場。商品名は、「メイドインジャパンなので日本語でキーワードをあげてほしい」と社員に呼びかけ、最も多く出てきた言葉が「おもい」だったことから、「重い」と「思い」をかけてつけました。

 

 

 石川さんのキーワードの一つに「チームプレー」があります。小学3年生のときに野球を始め、高校や大学でも野球部に所属し、県立碧南高校で野球部監督の経験もある石川さん。2001年夏の全国高校野球選手権愛知大会ではベスト4進出を果たしました。30歳のときに家業に戻りましたが、「メンバーが同じ方向に向かい、組織がいきいきと動いていくところが野球の魅力。いまの仕事にもつながっているかもしれません」。

 

 おもいのフライパンは販売直後から口コミで評判を呼び、地元の精肉店が「フライパンでお肉の味が変わる」と店内でフライパンも販売し、2カ月で70枚が売れました。フライパンを無料で貸し出し、厳選されたお肉を月1回定額販売する「お肉のサブスクリプション」も始めています。

 

 名古屋エリアを中心にみそかつ店を展開する「矢場とん」はオリジナルの鉄板を導入しています。新しいフライパンのシリーズ「おもいの鉄板 頂 ITADAKI」では、野球のつながりで対談する機会があった元メジャーリーガー上原浩治さんが公式アンバサダーを務めるなど、ネットワークが広がっています。

 

 

 碧南市は古くから鋳物産業がさかんな地域です。おもいのフライパンも、鋳物にこだわり、その技術を大切にしてきたからこそ誕生した製品です。昨年11月には、鋳物の体感型新施設をつくり、小学生の課外授業や大人の社会科見学を招いています。鋳物の伝統を引き継ぐ思いは、ますます強まっています。(野村雅俊)

  

クイズに正解された方のなかから、おもいのフライパンなどの商品をプレゼントします。

 

▼おもいのフライパン24cm(深型)

▼おもいのフライパン26cm《頂-ITADAKI-》

▼おもいの鉄板28cm《頂-ITADAKI-》

※プレゼント応募締切ました。ご応募ありがとうございました。

作り手storyの新着記事

  • 糀のチカラでしあわせを 醬油や味噌を製造する石川家の老舗蔵元がチーズケーキや焼き菓子づくりに挑戦しています。キーワードは「発酵」です。豊かな食文化の発信に加えて、美術館とのコラボレーションを企画し、地域のにぎわいの拠点にもなっています。

  • 雪道で滑りにくい「鬼底」ブーツ 「鬼底」と名づけられたブーツが北海道で誕生しました。ゴツゴツした迫力のある靴底には、雪国で滑りにくい靴を長年追い求めてきた開発者ならではの技術や経験、そして意外なアイデアが詰め込まれています。

  • 米焼酎「天空の郷」 焼酎を仕込んでいるのは、昔の中学校の体育館です。コンテストで日本一に輝いた米を原料に、地元の農林業を守ろうと有志でつくり始めました。

  • 足元の感性を呼び覚ます靴下 「お嬢の道楽」。ブランディングへの挑戦を、そう揶揄されていた時期がありました。明治時代に創業した老舗靴下メーカーで職人との葛藤もあり、安い海外製品との価格競争に巻き込まれて工場閉鎖の憂き目にも遭いました。それでも、ものづくりへの思いは絶えることはありません。イメージをがらりと変える高品質の靴下を次々と誕生させています。

新着コラム