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「世界一」の岩泉ヨーグルト

  メジャーリーグ・ドジャースの大谷翔平選手が「本当においしくて、僕は世界一だと思っています」という「岩泉ヨーグルト」。もっちりした独特の食感に甘みが広がるヨーグルトは、たくさんの苦難を乗り越えて風味を深めてきた逸品です。

 

 

◆三つのこだわり

 

 岩泉ヨーグルトは、首都圏など各地のスーパーで販売されています。プレーンと加糖の2種類があり、龍のイラストが描かれた水色のパッケージは主に1キロ入り。不思議なのは、容器を大きく傾けてみても、なかなかヨーグルトが落ちてこないこと。そのもちもち感は、生クリームやクリームチーズのようにも感じます。

 

 製造する岩泉ホールディングス(岩手県岩泉町)社長の山下欽也さん(68)は、「三つのこだわり」が反映されているといいます。

 

 一つ目は素材です。岩泉町は北上山地の東部に広がる山あいで、農業や畜産業がさかんな地域です。透き通った水で知られる鍾乳洞「龍泉洞」があり、自然豊かなエリアです。「北海道のように広大な牧草地はありませんが、小規模な酪農家が家族として大切に育てる牛の生乳は、深いコクのあるおいしさです」

 

 広がる牧草地

 

 もう一つの特徴は、製法です。生乳に乳酸菌を加えて発酵させるプロセスで、温度を33~35度とおさえ、発酵に18~20時間かける「低温長時間発酵」をとりいれています。「40度で5~6時間程度という一般的な発酵と比べると、じっくりと生乳の香りと旨味を引き出し、甘みも出てきます」。

   

 そして、三つ目のポイントが、アルミでできたパッケージです。「岩泉ヨーグルトは、アルミ袋のなかに牛乳と乳酸菌を入れ、袋の中でヨーグルトが完成します。そのため、私たちはアルミ袋を『小さなヨーグルト工場』と呼んでいます。紙やプラスチックと違い、ヨーグルトを劣化させる空気を通しにくく光も遮断でき、乳酸菌の発酵に適した環境でヨーグルトを作ります」

 

 ヨーグルト工場

 

 アルミパウチの岩泉ヨーグルトが誕生したのは、2008年にさかのぼります。当時、企業倒産の危機もあった厳しい環境のなかで、偶然の出会いがきっかけとなりました。

 

◆累積赤字2億8千万円

 

 岩泉ホールディングスは2004年、町や農協、酪農家らの出資による第三セクター「岩泉乳業」として発足しました。乳製品の輸入自由化などの影響で酪農家の廃業が続くなか、町内で乳製品の加工まで担う「六次産業化」をめざした取り組みでした。

 

 新工場で06年から牛乳の製造が始まりました。ところが、競合する企業は多く、当初は味の調整がうまくできなかったことから、主力商品の牛乳は売り上げが伸びません。08年には累積赤字が2億8千万円にのぼってしまいます。

 

 かつての岩泉乳業

 

 「存続させるかどうか、町民の声は二つに割れるぐらいでした」。山下さんは長年勤めた農協を05年に退職し、工場長として岩泉乳業に転職していました。経営再建に白羽の矢が立てられたのが、山下さんでした。09年、社長として陣頭指揮を執ることになります。

 

 「味を表現できるような特徴がない牛乳ではなく、付加価値のある加工品で勝負するしかない」。当時、加工品として製造していたのは、ヨーグルトとコーヒー牛乳。日本人の食生活の変化もにらみ、ヨーグルトに賭ける決断をしました。

 

◆付加価値が「化学反応」

 

 付加価値をつけるという山下さんのこだわりは、様々な方面に現れてきます。ヨーグルトづくりに不可欠な乳酸菌は、大手乳製品メーカーの研究所長を務めた経験のある専門家と研究を重ねます。専門家からは「世の中にないものをつくろう。日本はこだわりのものを求めている人が大勢いる」と後押しされました。

 山下欽也さん

 

 マーケットにも、めりはりをつけます。それまで牛乳の販売で苦労したスーパーよりも、ホテルや病院、温浴施設などに販路拡大を図りました。トップセールスで社長自ら足を運んでいきます。遭遇した一つの場面が、岩泉乳業の命運を変えることになりました。

 

 ホテルの朝食ビュッフェ。ヨーグルトが大きなボウルに入っていました。何百人の宿泊客に提供するというホテルのスタッフは「市販品をたくさん買って、そのつどボウルに盛るのが大変です」。大容量のパッケージで出荷していこうとホームセンターに容器を探しに行き、見つけたのがアルミパウチでした。

 

 岩泉乳業のヨーグルトは、生乳と乳酸菌を容器に入れてから発酵させる「後発酵」という製法でつくっています。アルミパウチの容器に入れて試作を始めたところ、数日後、工場の社員から「ヨーグルトがもちもちしています」と報告が寄せられました。

 

 「びっくりしました」。試食すると、かみごたえがあり、甘みも増しています。菌を開発した専門家も驚きを隠しません。「これは、いけるかもしれない」。偶然の「化学反応」で岩泉ヨーグルトが誕生した瞬間でした。

 

◆口コミで広がる

 

 岩泉ヨーグルトの試食会を社員たちは各地で繰り広げました。県外からの観光客も多い岩手県宮古市のホテルでは、ビュッフェ会場で「岩泉ヨーグルト」「岩泉乳業」などと表示をつけてもらいました。すると「どこで作っているのか」「これはどう買えるのか」と評判を呼ぶようになりました。

 

 ホテルのビュッフェ

 

 県内外から電話やメールが相次ぎます。通販での売り上げが年に2倍程度に伸び、販路も全国に拡大していきます。

 

 最初は業務用の2キロ入りパックを販売していましたが、全国展開するスーパーにも出荷するようになると「2キロだと重い」といった声があがるようになりました。1キロパックをつくり出したのは2010年ごろです。前後して、世界的な食品品評会「モンドセレクション」にエントリーして、2011年に金賞受賞にもいたりました。

 

 それまでにない形で一歩ずつ踏み出していった山下さん。「JA出身の乳業界を知らないサラリーマンだったからできたのかもしれません」

 

◆消費者の激励が後押し

 

 ところが、また困難が押し寄せます。2011年の東日本大震災。直接津波の被害はありませんでしたが、道路や鉄道などのインフラがとまり、休業を余儀なくされました。インフラの復旧に伴って売り上げを確保していきます。

 

 2016年の台風10号による豪雨では、三つある工場が壊滅状態に陥りました。2階建ての工場は1階の天井付近まで水につかり、ヨーグルトを製造する機械は泥まみれで廃棄せざるをえなくなりました。

 

 浸水した工場

 

 出張で不在だった山下さんは、徒歩で山を越えて帰ってきて被害を目の当たりにしました。「終わったな」。でも、スコップで泥さらいに懸命な社員たちをみて、すぐに考えを改めました。「1年で再開させる。全員の雇用を守る」。そう社員に宣言します。

 

 復旧作業に懸命な社員たち

 

 岩泉ヨーグルトに愛着を抱く全国の消費者から、応援の手紙やメールが次々と寄せられました。全部で1000通。92歳という横浜市の女性からは、「わたしは高齢で、もう食べられないかもしれないけど、頑張って再建してください」という趣旨の手紙が届きました。

 

 全国から寄せられた激励のはがき

 

 豪雨災害から1年1カ月後、工場の再稼働にこぎつけます。解雇はなく、高い技術を持った社員が残ったことで、ヨーグルト製造は再び軌道に乗り始めました。手紙で激励してくれた横浜市の女性には、復活した岩泉ヨーグルトを山下さんが持参。「味は変わっていない。けれど、特別においしい」。2人で食したそうです。

 

◆岩泉のために

 

 岩泉乳業は2019年、持ち株会社である「岩泉ホールディングス」、道の駅を営む「岩泉産業開発」と合併し、新生「岩泉ホールディングス」に発展します。

 

 岩泉乳業はもともと、岩泉らしい商品の開発にも取り組んできました。龍泉洞のきれいな水をいかした「龍泉洞の化粧水」は2016年に完成し、みずみずしいうるおいが特長の化粧水です。「龍泉洞の炭酸水」は、2023年のG7広島サミットで各国首脳に提供されました。

 

 岩泉町の「道の駅」でイタリアンジェラートを販売する企画も山下さんの肝いりです。東京・中目黒を訪れたときに若い人たちが行列をつくる店に並び、ピスタチオ味のジェラートに魅せられたのがきっかけです。

 

 道の駅いわいずみ

 

 岩泉の名を広める情報が拡散されたのは、そのころでした。「本当においしくて、僕は世界一だと思っています」。2023年、岩手の名物をインタビューで聞かれたメジャーリーガー大谷翔平選手は、そう岩泉ヨーグルトを紹介しました。

 

 岩泉ヨーグルトの工場内

 

 岩泉ヨーグルトは、アルミパウチの容器が深く、底のほうが掬いづらい面があり、消費者から「容器を使いやすくしてほしい」という要望が寄せられたことがあります。何度も改良を模索したものの、容器の形を変えると味や品質を保つのが難しく、代わりに岩泉の木材で作った専用レードル(お玉)を紹介しています。

 

 岩泉ヨーグルトと専用レードル

 

 岩泉ヨーグルト(プレーン)は1キロで870円(税込み)。他の商品よりは高級品です。山下さんはこう言います。「おいしいものをつくるにはコストがかかります。再生産できる価格設定をすることが、お客さまにも製造する側にも大切なのではと考えています」

 

 地方の名産品は輸送費などの負担も小さくありません。それでも、商品の長所も短所も消費者に伝えて、そのうえで選んでいただければ――。そんな作り手の真摯な姿勢も、岩泉ヨーグルトのファンが増えている秘密の一つなのかもしれません。

(野村雅俊)

 

 写真は岩泉ホールディングス提供

 

 

クイズに正解された方のなかから、岩泉ヨーグルトの逸品をプレゼントします。

▼岩泉ヨーグルト(加糖)

 https://www.asahi-mullion.com/presents/detail/15848

 

▼岩泉ヨーグルト(プレーン)

 https://www.asahi-mullion.com/presents/detail/15849

 

▼龍泉洞のしずく 化粧水

 https://www.asahi-mullion.com/presents/detail/15850

 

プレゼント応募締切:2025年4月2日16時

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