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タオルの常識を変えた「魔法の糸」

浅野撚糸

 

 

 ◆重いタオルは良いタオル?

 

  良いタオルとは何でしょうか。浅野撚糸の浅野宏介専務は、「あくまで、個人の感覚によるところもありますが」と前置きをした後、良いタオルの条件を教えてくれました。

   

  「まずは吸水性がいいということですね。ほかにも、長持ちする、柔らかい(肌ざわりがいい)、毛羽落ちしない(使った後に、繊維が肌に付かない)、環境に優しい、などがあります」

   

  「良い=高級」と考えれば、ホテルにある大きくて分厚いタオルを思い出す人もいるかもしれません。

   

  浅野専務によると、「欧米などでは特に、ホテルのタオルのような、基本的に重いタオルが高級とされています。ホテルのタオルは、使われる綿の量が多いので重く、綿の量が多いので吸水力も高いのです」。

   

  ホテルのタオルは、業務用の洗濯機で何度も洗われるため、高い耐久力が必要です。パイルと呼ばれるループ(輪っか)をぎっしり詰めることで耐久性が高められて、重くなっているそうです。

   

  しかし、「その逆なんです」と浅野専務が話すのが、浅野撚糸のタオル「エアーかおる」。「軽くて、ちゃんと吸水して、ふんわり感があります」

   

  その秘密は特許工法で作った「スーパーゼロ」という糸です。

 

たっぷり空気を含むため、重さが同じタオルでもボリューム感や約2倍

 

  ◆吸水力が高く、洗うほどにふんわり

   

  糸はねじられていないと、すぐにほどけてしまい、製品に加工できません。ねじればねじるほど、ほどけにくくなるものの、堅くなって肌触りは悪くなります。

   

  スーパーゼロはそのねじり方で特許を取得しました。綿の糸とお湯に溶ける糸と一緒に左に900回にねじった糸を、今度は逆方向の右に1800回ねじります。すると右に900回ねじられた糸ができ、あとでお湯に溶ける糸を溶かします。糸があった部分には本来隙間ができるはずが、残った糸の左に戻ろうする性質があり、ふくれながら空いたスペースを埋めていくのです。

   

  ふっくらとした糸は肌触りも良く、水と綿の接する部分が多くなることで、素早く水を吸収します。同社の実験によると、吸収力は1.5倍、フェイスタオルのサイズでバスタオル代わりになるそうです。

   

  ◆タオルの常識を覆す「洗うほどにふっくら」

   

  通常、タオルが洗濯するたびにへたっていくのは、毛羽が落ちるし、パイルのループが寝てしまうから。しかし、「スーパーゼロに関しては、洗濯すると、逆にパイルが立ち、ふっくら感がでてくる。これはタオルの常識を覆しているんですよ」と浅野専務は話します。「パイルが立ってくるんですね」

 

  洗濯するたびに糸が戻ろうという反応が起き、「繊維に隙間ができて空気の層ができるんですよ。だから水がすごく入りやすい状況になるんです」と浅野専務。「だから吸水スピードも速いし、水が蒸発しやすいので乾燥するスピードも速いんです」

 

 

 エアーかおるはリピーターが多いのが特徴です。使用者からは「帰省する孫用に用意をしておいたら、『このタオルすごくいいね』って言われた」とか、「子供に取られたので、自分用にまた買いました」などの声があるそうです。

   

  仕事柄、ホテルに泊まることの多い浅野専務。自社でないホテルのタオルを使うたびに「バスマットみたい」と思うとか。

   

  ◆廃業の危機、「魔法の糸」に活路

   

  糸を撚(よ)る撚糸の会社がタオルに目を向けたのは、偶然からでした。1967年の創業から、大手アパレルメーカーなどに撚糸を卸し、衣服や車のシートに使われていました。しかし、2000年代になると安い海外製品の流入や生産拠点の海外シフトが起こります。そのあおりを受けて売上が激減します。活路を見いだすために02年、「魔法糸」の開発が始まりました。しかし、浅野専務は「本当はあのとき、会社を閉じようとしていたんです」と打ち明けます。顧問税理士からは、廃業をすすめられていました。

   

  浅野撚糸は当時、大手紡績、商社の下請けでした。大きな借金もなく、またタイミング良く、会社の敷地を借り受けたいという話もあったそうです。そこで税理士からは「借金もないから、浅野を守るためにも会社をとじたほうがいい」と。

   

  しかし、浅野専務の父で現社長・浅野雅己さんが選んだのは、これまでに経験のなかった糸の開発でした。

   

  そこには、浅野撚糸の協力会社の存在があったといいます。

   

  今では当たり前になった、ストレッチ生地を作るための糸。2000年の以前から、これからどんどん市場が拡大するからという浅野社長の意見を受けて、協力会社は数千万円もする機械を購入していました。しかし当時、協力会社には借金がまだ残っていました。技術力は高いのに、営業力を持たず販路がない会社や、家族経営の会社など何社もあったといいます。「うちの会社が傷を負わないまま廃業を選んだら、協力会社はどうなるんだ、大義名分が立たないのではないか」。

   

  そうして浅野撚糸は廃業をせず、「魔法の糸」の開発をスタートさせました。大手繊維メーカーのクラレと共同開発により2004年、魔法の糸「スーパーゼロ」が完成します。

   

  しかし最初からタオルのために糸を開発したのではありませんでした。翌05年、メインバンクが主催したビジネスマッチングで、浅野社長はあるタオルメーカーと出会います。共通の悩みは、中国勢の攻勢と海外への拠点化。2社は意気投合しました。

   

  浅野撚糸の魔法の糸を使ったタオルの開発が始まり、4千枚の試作を経て完成。「エアーかおる」と名付けられました。

 

 

  プレス発表や展示会への出展を重ねて、これまでにない長所を持ったタオルは少しずつ、認知されていきます。大手ベビーアパレルやテレビショッピング採用と実績を積み、「エアーかおる」は2007年の発売から、20年には流通累計が1千万枚に達し、24年は1800万枚に達しそうです。

   

  2024年8月27日、新しい糸を使ったタオルの販売を開始しました。肌に触れるたびに、綿の花のような柔らかさ実感してほしいと名付けられた「わたのはな」。浅野撚糸が福島・双葉町に作った工場で生産される「超無撚糸」から生まれました。スーパーゼロよりも、ねじりをゼロに近づけました。

   

  「本当にある意味、タオルのいいとこ取りをすべてしたって感じです」

 

超無撚糸で作ったタオル「わたのはな」

 

福島・双葉町の復興のシンボルに

 浅野撚糸が2023年4月に、東京電力福島第一原発がある福島県双葉町に造った複合施設。岐阜の本社の工場の3倍の広さを持ち、スーパーゼロを年間500トン生産する。工場のほか、ショップやカフェを併設。双葉町の復興のシンボルとして期待され、地元の採用も進んでいる。


福島県双葉町に新設した新工場ではタオルショップやカフェも併設

最新工場だからできた「超無撚糸」

 糸は反対にねじり直すと癖が付きます。「エアーかおる」は元に戻ろうとするこの癖を生かしています。しかし、製品を織る時は邪魔になり、機械に引っかかったり、切れたりしてしまうのです。
 そのため、「スチームセッター」という機械で糸にアイロンをかけます。真空にした機械の中で蒸気を当てるのですが、糸の癖は残しつつ、お湯に溶ける糸は溶かさない繊細で難しい作業です。エアーかおるの糸は岐阜の機械で最終調整までできましたが、超無撚糸はもう一段階難易度が高く、量産が難しい状態でした。
 これを実現したのが、双葉町の新工場に設置したスチームセッター。絶対真空の近くまで設定が可能で、超無撚糸を量産するための各種設定の試行錯誤は、23年4月の新工場設立から約1年間続きました。  そのレシピは、浅野社長の頭の中にしかなく、浅野専務は「(社長からは)どこかのタイミングで、巻物にして渡すか、口伝で、と言われてるんですよね」と話します。

撚糸で世界に発信

 日本の繊維ってもう斜陽産業っていわれることもあります。特に撚糸なんて壊滅産業っていわれることも。だからこそ、新規参入はなかなかできないでしょうから、かえって我々はチャンスって思うんですよ。世の中はデジタルIT化が進んでいますが、アナログが重要視される時代が繊維には来るんじゃないかと思います。この間、シンポジウムでデザイン学校の学生たちと話す機会がありました。繊維って「古くさい」イメージがあるっていわれました。そういうイメージを変えていきたいと思いますし、縁あって、福島に施設を作らさせていただいているからには、福島の復興とITOを世界に発信していきたいのです。


浅野撚糸の浅野宏介専務

クイズに正解された方のなかから、浅野撚糸の逸品をプレゼントします。

 「魔法の糸」から作ったフェイスタオル

 

 「魔法の糸」から作ったハンドタオル

 

プレゼント応募締切:2025年1月20日16時

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