熊谷守一(1880~1977)が亡くなるまでの45年を過ごした旧居跡に建てられた当館は、約60点の守一作品を常設展示しています。晩年多くの時間を過ごした庭もかつてここにありました。
97歳で亡くなる2年前に描いた「太郎稲荷」は、東京都台東区入谷の太郎稲荷神社にあった1本のカシの木と池の風景を描いた作品です。
守一は若い頃にもこの太郎稲荷を描いたことがありました。東京美術学校(現東京芸術大学)に在学中、入谷で仲間4人と共同生活をした頃で、1カ月ほどかかったそうです。「一番長くかかった」絵ですが、人にあげたら行方不明になったと後に本人が語っています。
守一といえば簡略化した輪郭線で対象をとらえ、単純な塗り方で面を埋めた絵のイメージが強いですが、学生時代から30代までは暗い色調を好み、「闇」に取りつかれたような作品が目立ちました。
長く描かなかったモチーフを突然思い出したかのようなこの作品は「守一様式」ではありますが、輪郭線が滑らかではなく、どこかおどろおどろしい雰囲気を醸しています。わざわざ暗い絵にとは思わなかったでしょうが、葬ったはずのかつての「闇」がよみがえったのかもしれません。
「白猫」は猫を描いた40点ほどの油絵の一つ。「犬はつながれてかわいそうだ。猫は自由でいい」と話し、庭に来る昆虫や小動物とともに好んで題材にしました。生き物たちの絵はみな命の輝きに満ちています。
この作品もそうですが、守一は4号の板をよく使いました。持ち運びにも便利で、大仰な大作などは望まなかった守一が小さな生き物たちを描くのにぴったりだったのかもしれません。
《豊島区立熊谷守一美術館》 東京都豊島区千早2の27の6(問い合わせ先03・3957・3779)。午前10時半~午後5時半(入館は30分前まで)。2点は常設展示。500円。(月)、年末年始(12月25日~1月7日)休み。
相談役 小泉淳一 こいずみ・じゅんいち 東京都出身。茨城県近代美術館学芸員を経て、2021年から同県天心記念五浦美術館館長。18年から現職を兼務。 |