彫刻家を父に栃木県で生まれた田中一村(1908~77)は幼少期から南画を学び、神童と呼ばれました。当館がある奄美大島に単身移住したのは50歳を過ぎたころ。日展や院展での落選が続き、中央画壇への絶望が背景にあったといわれます。
「岩上の磯鵯」は移住直後の作品。画面の半分以上に岩を描いた独特の構図が目を引きます。所蔵していた奄美出身の方が知人を通じて2018年に当館に連絡。鑑定により一村の作品と確認されました。
一村といえば「不喰芋と蘇鐵」のような、亜熱帯の風物を描いた作品が知られますが、そこに行き着くまでの転換点を示す一枚といえます。千葉や東京時代の筆致を残しつつ、新しい表現にチャレンジしながら納得のいくまで試行錯誤した跡がみられる、非常に価値の高い作品だと思っています。
「初夏の海に赤翡翠」は、地元の黒糖焼酎のラベルに使用されるなど多くの人に愛されています。岩の描き方や鳥の止まり方など「岩上の磯鵯」との共通点がみられます。
赤翡翠の背景に穏やかな海、その向こうにはネリヤカナヤ(海のかなたの楽園)があるような、奄美の風景の昇華として完成度の高さを感じます。渡り鳥の赤翡翠が背筋を伸ばしている姿は、自身を投影しているようにも見えますね。
一村は奄美で芸術の完成を目指し、宇宙観や自然観を絵筆で表現しました。一方、子どもたちから「たかうじ(背が高いおじさん)」と呼ばれたり、頼まれれば肖像画を描いたりしています。亡くなるまで奄美の人々に溶け込み、穏やかに暮らせたのではと思います。
(聞き手・片山知愛)
《田中一村記念美術館》 鹿児島県奄美市笠利町節田1834(問い合わせは0997・55・2635)。午前9時~午後6時(入館は30分前まで)。520円。第1、3(水)((祝)の場合は翌平日)休み。
館長 宮崎 緑 みやざき・みどり 2001年から現職。美術館を含む奄美パーク園長を兼ねる。千葉商科大教授。 |