読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

神奈川県立美術館 葉山

戦地へ仲間を見送った青年

神奈川県立美術館 葉山
松本竣介「立てる像」1942年 油彩・カンバス 縦162×横130センチ
神奈川県立美術館 葉山 神奈川県立美術館 葉山

 1951年、日本初の公立近代美術館として鎌倉に開館した神奈川県立近代美術館は国内外の著名な作家の作品を収集しています。シベリア抑留体験を描いたシリーズで知られる香月泰男の特集展示(11月14日まで)に合わせ、戦争にまつわる様々な作家の作品を館蔵品から紹介しています。

 松本竣介(1912~48)の「立てる像」は、背景を小さくし、人物の姿を際立たせた構図の絵です。作業着のような服装で、場所は東京・高田馬場付近のゴミ捨て場とされています。画家としての生き方を模索していた時期の作品で強い孤独感を感じさせますが、この絵に勇気づけられるという人がいます。不思議なあいまいな表情に、見る人は自分を投影しやすいのかもしれません。

 描かれたのは太平洋戦争中でしたが、10代で聴覚を失った松本は戦地には行きませんでした。そのことは作品の静けさと関係があるように思います。41年に美術雑誌に寄稿した文章のために一時期「反戦の画家」のように言われたことがありますが、むしろ普遍的な価値のある絵の制作を続けたいと願ったのではないでしょうか。

 「シベリヤの密葬」を描いた澤田哲郎(1919~86)は松本の盛岡中学の後輩で、一緒に展覧会も開く親しい間柄でした。戦争末期の45年に応召、2年近くシベリアに抑留されました。これは、多くを語らなかったシベリア時代を描いた数少ない作品の一つです。荒涼とした大陸の風景の中、ベールをかぶり後ろ向きで表情はわからない人々の姿から悲しみが伝わってきます。

 戦地に赴く同世代の人たちを見送るほかなかった松本と、画家として認められ始めた矢先に出征した澤田。異なる境遇で戦時を生きた2人ですが、どちらも心に迫る作品です。

(聞き手・伊東哉子)


 《神奈川県立近代美術館 葉山》 神奈川県葉山町一色2208の1(電話046・875・2800)。[前]9時半~[後]5時(入館は30分前まで)。24日まで予約制。詳しくはHPを参照。2点は11月14日までコレクション展「内なる風景」で展示中。250円。原則[月]、展示替え期間、年末年始休み。

にしざわ・はるみ

 にしざわ・はるみ

 2010年から勤務。「実験工房展」「1950年代の日本美術」「生命のリアリズム」など日本の近現代美術の展覧会企画を担当。

(2021年10月5日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

  • 似鳥美術館 北海道で生まれた家具のニトリが開いた「小樽芸術村」は、20世紀初頭の建物群を利用して、美術品や工芸品を展示しています。

  • 太陽の森 ディマシオ美術館 フランスの幻想絵画画家として活躍しているジェラール・ディマシオ。彼が制作した縦9×横27㍍の巨大な作品が当館の目玉です。1人の作家がキャンバスに描いた油絵としては世界最大で、ギネス世界記録にも内定しています。

  • 宮川香山眞葛ミュージアム 陶芸家、初代宮川香山(1842~1916)が横浜に開いた真葛(まくず)窯は、輸出陶磁器を多く産出しました。逸品のひとつが「磁製緑釉蓮画花瓶(じせいりょくゆうはすがかびん)」です。

  • 小泉八雲記念館 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が『怪談』を出版して今年で120年。『怪談』は日本の伝説や昔話を、物語として再構築した「再話文学」。外国で生まれ育った八雲が創作できたのには妻の小泉セツの存在が欠かせません。

新着コラム