読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

消防博物館

華々しい火消し 放水した先は

消防博物館
消防博物館 消防博物館

 火事とケンカは江戸の華。18世紀前半に人口100万を超え、木造家屋がひしめいた江戸の町では火災が起こりやすく、火消しの活躍は華々しいものでした。

 「江戸の花子供(おさな)遊び」は隅田川以西の町火消し「いろは48組」と以東の本所・深川の16組、計64組のまとい持ちが描かれた、そろい物の錦絵です。組の旗印を振り立てて消火活動を鼓舞するまとい持ちは、火消しの中でも花形でした。資料は再版されたもので、人気のほどがうかがえます。

 タイトルの「子供遊び」は名前の通り子供を描いた絵のことですが、この絵の人物は大人の顔。いったいどういうわけでしょうか。

 世情を乱すという理由からか、幕府は火事に関する絵を厳しく取り締まり、火消しの絵も子供が遊んでいる図でなければ禁じられました。しかし、この錦絵が出版された1858年は列強各国に開国を迫られる一方、尊皇攘夷(じょうい)運動への対応に苦慮したころ。錦絵どころではなかった幕府に代わり町名主が検閲を担いました。町火消しの心意気に理解を示し、大人の姿の絵を出版できたのでしょう。

 「竜吐水(りゅうどすい)」は江戸時代のポンプ式放水具で、木製の箱に水を入れ、腕木を2人以上で上下させて水を飛ばします。しかしこれから放水したのは火災元の建物に向けてではありません。

 水が貴重だった江戸期には、火元の周辺の建物を壊し、延焼を防ぐ破壊消防が行われました。竜吐水は刺し子ばんてんをまとい破壊作業をする火消しに水をかけるためのもの。水は10メートルほどしか飛びませんが、それで十分だったというわけです。

 明治期以降の注水消火は水を多量に使うため、昭和中期には水損が問題になりました。現在は水を膨張させる薬剤を使い、比較的少量の水で消火が可能になりました。

(聞き手・高木彩情)


 《消防博物館》 東京都新宿区四谷3丁目10(問い合わせは03・3353・9119)。午前9時半~午後5時(当面は4時まで)。無料。原則(月)休み。

おがわ・ふみのり

学芸員 小川文典

 おがわ・ふみのり 1981年東京消防庁入庁。同館の設立に参画、2019年から現職。「江戸大名火消展」などを担当。

(2021年9月28日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

  • 昭和のくらし博物館  今年は「昭和100年」ですが、昭和のくらし博物館は、1951(昭和26)年に建った住宅です。私たち小泉家の住まいで、往時の家財道具ごと保存しています。主に昭和30年代から40年代半ばのくらしを感じられるようにしています。この時代は、日本人が最も幸福だったと思います。日本が戦争をしない国になり、戦後の混乱期から何とか立ち直り、明るい未来が見えてきた時代でした。

  • 国立国際美術館 既製品の中にある織物の歴史や先人の営みを参照し、吟味し、手を加えることで、誰も見たことのないような作品が生まれています。

  • 滋賀県立美術館 画面を埋め尽くす幾何学模様の正体は……。人に見せるためにかかれたのではない、アートが発する魅力。

  • 富山県水墨美術館 もちもちした牛と、チョウやカタツムリなど周りを囲む小さな動物たち。ダイナミックさと細かい気配りが同居する「老子出関の図(部分)」は、富山市出身で、「昭和水墨画壇の鬼才」とも称される篁牛人(1901~84)の作品です。

新着コラム