第2次大戦後、若き具象画家の旗手として注目されたフランスの画家ベルナール・ビュフェ(1928~99)。1973年に当館を創設した岡野喜一郎は53年にその作品と出会い、「未来を見せてくれる絵」と感じて収集を始めました。現在は2千点以上の収蔵品から、生涯具象絵画にこだわったビュフェが描いた「もの」に焦点を当てた企画展を開催しています。
20歳の時の作品「白いコップの静物」でテーブルは真上から見た形なのにコップは斜めから。複数の視点で描かれています。静物画という歴史あるジャンルで新しいことに挑戦する意志を感じます。
テーブル上のレモンやブドウはデフォルメされ、個性をはぎ取られて投げ出されたように見えます。こうした表現は、戦後生き方を見失い、放り出されたように感じていた人々に共感を抱かせたでしょう。
絵の具は薄塗りで、鉛筆でひっかいたような跡が見えます。戦後の物資の乏しい時代、少ない絵の具で画面に変化をつける苦肉の策だったかと想像もできますが、この痛みを感じる表現も当時の人たちに響いたと思います。
「緑のある風景」では絵の具は厚塗りに、色使いも明るくなりました。「天才」と持ち上げられた時代は過ぎ、彼自身変化しようとしたのでしょう。木、家、空、水と描かれたものはすべて具象ですが、一部の抽象絵画に通じるような激しい筆の表現が面白いですね。
あるインタビューで「抽象画をやってみようと思ったことは?」と問われ「ない」と答えたビュフェは「絵画はすべて抽象だ」と続けています。ビュフェの絵を見た来館者が「見るたびに印象が違う」と話すのを聞くと、「その人の心の中にあるものを引き出す絵」なのだと思います。絵はみな抽象、とはそういう意味なのでしょう。
(聞き手・片山知愛)
《ベルナール・ビュフェ美術館》 静岡県長泉町東野クレマチスの丘515の57(問い合わせは055・986・1300)。午前10時~午後5時(11月~1月は4時半まで、入館は30分前まで)。千円。2点は2022年3月6日まで「具象画家 ベルナール・ビュフェ ―ビュフェが描いたもの―」で展示中。(水)((祝)の場合は翌日)、年末年始休み。
学芸員 雨宮千嘉 あまみや・ちか 大阪芸術大学芸術計画学科を卒業後、米国の大学院で博物館学を専攻。帰国後、恐竜や古生物の博物館でミュージアム・エデュケーターを務め、2014年から現職。 |