読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

江戸時代のハウツー本 西尾市岩瀬文庫

ヘアメイク指南・犬の飼い方…

江戸時代のハウツー本 西尾市岩瀬文庫
「〈女子風俗〉化粧秘伝」(上・中・下巻) 佐山半七丸著、速水春暁斎画 1813(文化10)年刊
江戸時代のハウツー本 西尾市岩瀬文庫 江戸時代のハウツー本 西尾市岩瀬文庫

 当文庫は、地元の実業家・岩瀬弥助が莫大(ばくだい)な私財を投じて1908年に開設した図書館を受け継ぎ、古典籍など8万冊以上を公開しています。木版印刷が発達し出版文化が隆盛した江戸時代は、数多くの版本が庶民の生活に浸透しました。背景にあるのは300年近く続いた平穏な世と、高い識字率です。

 中期以降は今でいうハウツー本にも様々なものが出回りました。「〈女子(おなご)風俗〉化粧(けわい)秘伝」は、肌や髪のお手入れ法からメイク、髪形、着こなしまでを指南する総合美容マニュアルです。作者の佐山半七丸は序文で、「どんなに容貌(ようぼう)に難がある女性でも、この本を読めば絶世の美女にしてみせる」と豪語。「顔面之部」では低い鼻を高く見せるメイク術などを図入りで解説しています。桃色の表紙には波に遊ぶ千鳥の型押しと金箔(きんぱく)が施され、「女子ウケ」を狙った装丁です。

 江戸後期には一大ペットブームも起こりました。犬や猫はもとより、金魚、ハツカネズミ、ウグイス、ウズラなどが人気でした。「犬狗養畜伝(けんくようちくでん)」は、愛犬家による犬の飼育書。餌の与え方や病気の治療法、タバコの茎で編んだ首輪はノミ防止になるといった知恵が書かれています。犬はあまりにも身近だったからなのか、江戸時代を通じて出版された犬の飼い方に関する本で現在確認できるものはこれ1種類だけ。とても珍しい資料です。

 こういった、さもない本が数多く残っていることは江戸時代の文化的豊かさの証明でもあります。人間の悩みや興味は数百年前とさほど変わらないこともわかり、ほほ笑ましく思います。

(聞き手・牧野祥)


 《西尾市岩瀬文庫》 愛知県西尾市亀沢町480(問い合わせは0563・56・2459)。
 午前9時~午後5時(資料の閲覧は4時まで、閲覧の申請は3時半まで)。
 無料。
 原則(月)[(祝)(休)を除く]と第3(木)[7~9月を除く]休み。

はやし・ちさこ

学芸員 林知左子

 はやし・ちさこ 1992年から勤務。江戸時代やそれ以前の書物の魅力を多彩な切り口で紹介する企画展示や講座を手がける。

(2020年11月10日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

  • 滋賀県立美術館 画面を埋め尽くす幾何学模様の正体は……。人に見せるためにかかれたのではない、アートが発する魅力。

  • 富山県水墨美術館 もちもちした牛と、チョウやカタツムリなど周りを囲む小さな動物たち。ダイナミックさと細かい気配りが同居する「老子出関の図(部分)」は、富山市出身で、「昭和水墨画壇の鬼才」とも称される篁牛人(1901~84)の作品です。

  • 石巻市博物館 東日本大震災で被災した作品。模索する伝え方。

  • 松本市美術館 直島だけじゃない。草間彌生さんが故郷で彩る愛と永遠。

新着コラム