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ヘアメイクアップアーティスト・河北裕介さん ロングインタビュー

 相手の個性を生かし、そのポテンシャルを最大限に生かす「河北メイク」は、かねてより数々の女優やモデルから絶大な支持を得ています。

 今回お話を聞かせていただいたのは、「河北メイク」を生み出し、2018年にはライフスタイルブランド&beを立ち上げた河北裕介さん。華々しい世界を牽引(けんいん)しているイメージがありますが、その奥には、人に対してこれでもかというほど誠実に向き合い、化粧品がもつ可能性を信じ続ける真摯(しんし)な姿がありました。

(聞き手・斉藤梨佳)

※河北裕介さんは9月5日(木)朝日新聞夕刊「グッとグルメ」に登場。

 

Profile

河北裕介(かわきた・ゆうすけ)

ヘアメイクアップアーティスト。1975年京都府生まれ。

ヘアスタイリストとしての活動を経て、1998年からヘアメイクアップアーティストとして活動を開始。

数々の雑誌や広告で活躍するとともに、自身も「ラヴィット!」(TBS系)などのテレビ番組にも出演。自身が立ち上げたライフスタイルブランド「&be(アンドビー)」の製品は数多くの賞を受賞し、売り場には「1人何個まで」という注意書きがあることも珍しくない。

 

絶大な人気を誇る「河北メイク」の誕生

 

――その人の個性を引き立てる「河北メイク」が生まれたきっかけは何でしたか?

 

 僕にはヘアメイクの師匠がいなく独学だったので、最初はうまくいかずに仕事も全然もらえませんでした。たくさんの方の顔を触らせてもらってきたけれど、当時は何も考えずに雑誌に載っていることを見よう見まねでやっていました。でもヘアメイクが仕事である以上、その人がきれいかきれいでないかということは、僕だけが判断するわけではないんです。そこを当時の僕は全く理解できていなくて、「僕がメイクしたからきれいだ」と根拠のない自信ばかりが先行し、そうするうちに仕事がどんどん減っていく……負のスパイラルに陥ってしまった。

 そんな時、偶然にもモデルの長谷川潤さんに出会ったんです。彼女もその当時、さらに幅広い仕事をしていきたいという思いがあって、2人で雑誌を読みながら、「今度はこういうメイクをしてみよう、こんな表情を作ってみよう」というところから、ライティングやカメラのアングルに至るまで、一緒に突き詰めていって、どんどんセッションするようになっていったんです。

 

――運命の出会いがあったわけですね。モデルさんと一緒にメイクの方法を作ることは珍しいですよね?

 

 そうですね。めったにないことです。

 そこから潤さんのメイクに対して、僕が責任をもたなくてはいけないんだと、深く理解しました。それまでは雑誌の編集者や現場のスタッフに言われたことをなんとなく自分なりに解釈してメイクをしていたのですが、彼女にそのメイクを当てはめる時に、どういう方向性にするのか、突き詰めて話し合うようになった。

 そこから、「人の個性をきちんと見なくてはいけない」、「その人の顔に僕が責任をもつんだ」という思考に切り替わったんです。それが「河北メイク」の原点だと思います。

 

――1人の人と深くやり取りをする中で、その場で言われたことをただやって解散、というだけではない特別な何かを得ることができたのですね。

 

 そうです。自分1人で頑張ってきたと言った方が格好良いのかもしれないけれど、そうは言えないくらい、一緒に作ってきたかなと思います。

 そこからその人の顔をよく理解して、その場に応じた必要なことをしっかりやるという、僕のメイクの基本が確立された気がします。

 

――確固たるスタイルをお持ちの中でも、時代に合わせてアップデートもしていますよね。

 

 そうですね。例えば最初に僕が注目されたのがツヤ肌の提案だったんですが、当時のベースメイクの常識はマット肌で、息苦しい肌で歩いている人が多かった。

 僕の仕事はファッションのヘアメイクが中心で、その分野とビューティーの分野との間にすごく乖離(かいり)を感じていました。ナチュラルなツヤ肌をビューティー界に浸透させたのはたぶん僕だと思います。人工的なものではなくて、自然体こそが美しい。他の誰かに化けるメイクも、それはそれで面白いんですよ。でもやっぱり僕はその人の個性やポテンシャルを引き出したいと思っていたので、ツヤを1つのポイントとして打ち出しました。それが時代にハマったというか、今までにない風が吹いたんです。

 

――ここだけは譲れないという軸はありますか?

 

 やっぱりその人の顔を壊すことは嫌ですね。骨格形成やバランスをしっかり見るのは当たり前のことで、あとはその人の気分に合っていなかったら意味がないと思っています。気分というのはファッションに表れるもの。だから気分にそぐわないメイクをしてしまうと、ちぐはぐ感が出てしまう。それが嫌なんです。その人のマインドが表れている洋服にマッチさせるのが、僕のメイクの手法ですね。

 

――ファッションとメイクをリンクさせると考えられたのは、やはりファッションの分野でメイクをしていた経験からでしょうか。

 

 そうですね。だからこそできたと思います。ビューティーの分野では無視されてきた部分というか。

 

――顔と洋服が完全に別物だったわけですね。

 

 だから僕は、その人が着ている洋服からメイクの着想を得ることにこだわったかな。

 

――今は顔のパーツ自体を変える技術もありますよね。河北さんの考えはいかがですか?

 

 僕もつけまつげが流行していた時代は、ヘアメイクとしてつけるのも好きでしたし、一概に否定はしないですけど、毎日それをできるのかというところもポイントですよね。今日つけまつげを僕が貼ることで、こんなに目が大きくなった!やったー!と帰らせるのではなくて、明日からその人ができることを伝えたいと思っています。生活をしていく上で無理なく、できるだけ時短で、自分の顔やポテンシャルだけでなんとかしたいじゃないですか。だから僕はそこを応援したいし、でも頑張ってもほしい。

 30代後半、40代くらいになると、どんどん代謝も落ちるし、顔もたるんでくるけれど、そこに対して良い意味で抵抗してほしい。そこでどこまで自分と向き合えるのかが大事かなと思っています。代謝が年齢と共に落ちてくるのは当たり前で、仕方ないよねという言葉で終わらせるよりも、それに対して前向きに何かアクションをしたいし、してほしいと思います。

 美容整形が好きな方だっていらっしゃいますし、もちろんそれを悪いこととは言わないので、時代と並行していかなくてはいけないとも思っていますが、僕は自分のポテンシャルを諦めない人が好きですね。

 僕は来年で50歳になりますが、今が一番体が動きますし、それをどんどん更新していきたいと思っています。その楽しみを共有したいです。

 

――この歳だからきれいになれなくて仕方がない、ではなくて、きれいになるためにどういうことをやろうかな、ということを考えてほしいんですね。

 

 そうですね。毎日をどう過ごすかです。

 毎日自分の顔をしっかりとマッサージするなど、顔や体を管理することは大事なことだと思います。自分の顔なんだから、努力とは言わないですよね。僕のメイクはその考え方なので、それを皆さんと一緒に楽しんでいけたらうれしいです。

 

 

&beについて

 

――河北さんが立ち上げたライフスタイルブランド&beの化粧水などは原価率も高いと聞きました。ある程度利益を度外視してでも、良いものを作ろうとする信念を感じます。

 

 成分を見ていただいたら分かると思います。でも僕、本物以外は興味がないので。

 &beのシャンプーはラウレス硫酸Naなどを使用せず、優しい成分にこだわりながら作っています。カラーの色落ちや、頭皮へのダメージについても考慮しています。

 僕は緑や古樹(こじゅ)も好きで、家でも育てていますが、毎日世話をすることでしっかりとした根となり、緑が生い茂る。そんな変化を楽しむことができます。それは髪にも通ずるものがあると思っていて、毎日向き合い、丁寧に育ててあげることが大切。

 裏面に全成分を表記しない製品も見かけることがありますが、使ってくださるお客様にこういうものが入っているよということをきちんと伝えることを大事にしています。万が一その製品が合わない人のためにも。

 

――使う人に誠実に向き合いたいということですね。

 

 そうです。こういう時代に少しでも、真面目に作っている人がいるということを伝えたいですし、そうありたいなと思います。

 化粧品ってみんなの夢が詰まったものだと思うんです。これを使うときれいになれるっていう、お薬にはなれないけど、そのくらいみんなのネガティブな思いをポジティブに変えてくれるものだと信じているので、そこに対して真摯(しんし)に向き合いたいと本気で思っています。すごく大変な戦いですけどね。

 

ヘアメイクアップアーティストとしての信念

 

――河北さんの本も読ませていただきましたが、出てこられる女優さんやモデルさんが心を開いて楽しそうに話をされている姿が印象的でした。コミュニケーションの部分で意識されていることはありますか?

 

 まずメイクさせてもらう方の顔や髪はもちろん、ファッション、身につけられているものを観察します。その方の気分や趣味趣向がよく表れているものから、インスピレーションをもらってメイクをするようにしています。ライティングをはじめ、その日の現場状況を把握し、SNSなどメイクした後のリアクションも想定しながら仕事をするようにしています。

 

――そんなに細かいところまでご自身でやられているのですね。

 

 相手を勝たせるためですね。自分がメイクをした人が、とにかく誰よりも美しくあってほしいと思っているので。それが僕の仕事だということを何よりも理解しているから、細かいところまで自分で調整します。

 「メイクをさせてもらえている」という考えが今は誰よりも強いと思います。

 

子どもと犬と過ごす時間

 

――9/5付の「グッとグルメ」ではお子さんも好きなメニューを紹介してくださいましたね。

 

 そうですね。うちは離婚しているので離れて暮らしてはいますが、週に3回は子どもと過ごす時間にしています。

 お店がある千葉には小学生の子どもとキャンプに行ったり、僕のスタジオが海の近くなので、海辺を子どもと犬と3人で散歩をしたりもします。

 

――愛犬のBondくんも可愛いですよね。

 

 子どもは少し面倒がることもありますが、とにかく3人で動くということをきちんと教えています。テレビを見たい時もあると思うのですが、犬と向き合うことで「だから絆ができるんだよ、犬は特にそうだよ」と伝えています。犬から教わることってたくさんあると思うんです。

 

――気分がのった時だけ遊ぼうではダメということですね。

 

 自分で決めたことをきちんとするのは楽しいじゃないですか。季節が変わると見えるものも変わってくるし、空の色も変われば、緑も変わる。そういう発見を一緒にしていけると楽しいと思うので、それをずっと伝えています。

 

 

取材後記

 取材を通して印象に残ったことは、河北さんの、人やものづくりに対して常に誠実であり続けようとする姿勢でした。自分本位だった時期を脱却し、相手を勝たせる「河北メイク」を確立。圧倒的な人気を誇る中、&beを立ち上げました。

 製品作りにおいて、自ら荒波に向けてこぎ続ける姿には感動すら覚えてしまいます。河北さんは化粧品の成分から食生活に関してまで、幅広い知識をもっていて、非常に勉強熱心な方なのだなと感じました。それと同時に、化粧品の力を信じ、深い愛情を注ぐ河北さんが作るものだからこそ、信用したい。そう思わせていただきました。

 自分で決めたことを最後までやり通す精神は、子育てにも強く生かされているのだと思います。先生のような河北さんに、私自身、色々なことを教えていただいた取材でした。

(斉藤梨佳)

 

 

公式ホームページ

 https://www.yusukekawakita.com/

 

&be公式オンラインストア

 https://andbe-official.com/

 

グッとグルメ(9/5午後4時から配信)

 https://www.asahi-mullion.com/column/article/ggourmet/6158

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