無機質や薄暗いといったイメージのある高架下が、最近は意外な方法で活用されているようです。東海道新幹線の高架下にオフィスを建てるなど、さまざまな施設を展開しているJR東海グループのディベロッパー「名古屋ステーション開発」の担当者にお話を聞いてみました。
(聞き手・島貫柚子)
「単身者用社宅」(中央本線鶴舞~千種区間)
――名古屋ステーション開発は、JR高架下をどう活用しているのでしょうか。
企画開発部 担当部長 渡辺宗義さん
まずは2021年6月、トライアルとして、高架下に単身者用社宅を建設しました。将来的に住居を含めて様々な施設をつくることを視野に入れた実証試験でした。
ーー社宅にしたわけは何だったのでしょうか。
渡辺さん
住宅が最も求められるレベルが高いので、どこまでクリアできるか試そうと考えました。振動対策として、新たな建物と高架との間を離した「縁を切る」という形を取り、防音対策で最高等級の防音サッシを使ってみたところ、耳を澄ませばようやく列車が通ったのが感じられるレベルまで静かになりました。これで「世の中の技術をうまく使えば、高架下でも全然住居ができるんだな」と実証できて、振動と騒音については、このトライアル実験によって、その後の開発についての対策がほぼ決まりました。
ーー高架下(鶴舞~千種区間)を活用したのは、広大なデッドスペースだからというような考えからでしょうか。
渡辺さん
実は住むのにすごくいい場所なのです。駅からもそれなりの距離で来られますし、近くにショッピングモールもあるなど住環境としては最高でしたので。弊社の社宅としては今だいぶ人気の場所になっております。
企画開発部長 澤谷俊樹さん
駐車場のニーズは結構あるんですけども、駐車場だけやってもなかなか街づくりにはならないので、住宅を作ってみようか、と。周りはマンションが多いし、目の前にはイオンのスーパーがあって、単身者にはすごく住みやすい場所だと思います。
「保育園」(勝川駅)
渡辺さん
弊社はJR高架下を管理していまして、住居も合わせてベストミックスで提供することを目指しております。2022年4月、勝川駅の隣接地の高架下に、保育園を誘致しました。幼児がお昼寝をするので、騒音や振動がはじめは危惧されましたが、社宅の例で騒音や振動を抑えられることがわかり、安心して誘致できました。屋根もあるので、ここの園庭は雨の日でも遊べます。
「ギャラリーカフェ」(金山~鶴舞区間)
澤谷さん
これは2022年5月、高架下の倉庫だった建物を、家具メーカーがリノベーションしてカフェにしたものですね。保育園とは真逆に、まったく騒音対策はしていないのですが、結局カフェは人が喋ったり音楽を流したりするような場所なので、あんまり電車の音は気にならないんだな、と。そもそもは「100坪使って工房とショールームを作りたい」という話だったのですが、ここは200坪もあるので、「せっかくだから全部使って」という提案をしたら、「カフェやっていいですか」って。今すごく人気になっていますね。
渡辺さん
名古屋近郊では有名な家具メーカーで、店内の机や椅子も全部隣の木工工場で職人が手作りしたものになっています。
「ぴよりんshop アトリエ店」(勝川駅)
――この「ぴよりんshop アトリエ店」というのは、将棋の藤井聡太名人が2021年に名古屋で開かれた王位戦でおやつとして食べた「ぴよりんアイス」と関係があるのでしょうか…?
澤谷さん
そう。あれからジェイアール東海フードサービスがつくるケーキ「ぴよりん」の人気が出ちゃって、生産が追いつかなくなったので、2024年3月に工場を移転したんです。
渡辺さん
JR勝川駅の高架下に工房自体を移転し、新工房として拡張して生産量を倍増させるということで。せっかく工場を作るなら直営店も併設しましょうということで、「ぴよりんshop アトリエ店」になりました。
「ささしま高架下オフィス」(名古屋駅)
渡辺さん
これは、もうまさに東海道新幹線の高架下にあるオフィスです。オフィスの幅は、新幹線の高架橋の幅、線路2本分そのままです。2階建てで1000平方メートル弱の建物を用意したのですが、RC構造にすると建物自体の重量が大変重くなって高架の基礎にも影響が出かねないこともあり、木造となりました。
撮影:関 拓弥
新幹線の高架下の空間を最大限利用するために、木材と炭素繊維を組み合わせた「LIVELY WOOD(ライブリーウッド)」という帝人の開発した新建材を、梁に採用しました。梁が強化されたことで柱の間隔を長くすることができ、大空間のオフィスを実現することができました。
ーーそもそも、なぜオフィスをここに建てようと思われたのでしょうか。
澤谷さん
ここは笹島という地区で、元々は貨物ヤードがあった場所なのですが、今再開発をしていまして。「ささしま高架下オフィス」があるのは、その入口にあたる場所なんです。大学もあるので意外と人口密度は高いのですが、建設前は昼間でもあんまり人は歩いてないという状況で、ちょっと発想を変えて何か目的性のあるものとして、オフィスはどうだろうか、と。2階部分にはテラスみたいな場所があって、そこからは電車が走るのを直接見られます。自分が電車に乗っていても、見えるんですよ、2階のオフィスが。だから社員と目が合ったりして。
ーーこのオフィスのどこが好きか教えてください。
渡辺さん
もう完成して1、2年経っていますが、いまだに木の香りがするんですよね。あと、前が歩道になったのが良かったなと思っています。
澤谷さん
外観の存在感が好きですね。中に入った時は和むっていうかストレスを感じないっていうか。オフィスは無機的な感じで機能的に配置される印象がありますが、このオフィス空間は誰がどこで何をやっているのか、気配が感じられるんです。
高架下って、コンクリートの柱に鉄板が巻いてあったりして、ものすごく無機的な空間なんですよね。あることをなんとなく隠したくなるような空間だったんですよ。元々は、線路が街を分断するから街を繋ぐために高架化して行き来できるようにしたにもかかわらず、倉庫とか駐車場になったり、何も活用していない時も悪さされたら困るからとフェンスで囲ったりして。せっかく高架にしたのに有効活用されてないっていうのが僕はずっと嫌で。それが、こういったものを作ると、みなさん喜んでくれて、人の流れがオフィスの前にできたのは良かったですね。名古屋市からも「何かやってほしい」と言われていました。
いわゆる高架下というのは高架が主役で、中を有効活用しているという風に見えるんですね。でもこのオフィスは、前に跳ね出していることもあって、建物の存在感が強く、建物の上をたまたま新幹線が走っている風に見えるんです。主客が逆転しているかのようであるのが面白いなと思うんです。
撮影:関 拓弥
キャンプ練習場、ガレージハウス……高架下の活用広がる
高架下の活用は各地に広がっています。
JR山手線が走る秋葉原―御徒町間の高架下(東京都台東区)には「キャンプ練習場campass秋葉原」が2023年に開設されました。ジェイアール東日本都市開発のウェブサイトでは、「初めてのキャンプに気軽に挑戦できる」と呼びかけ。キャンプ用品はレンタルでき、テント設営や撤収もスタッフのサポートがあるそうです。
近鉄奈良線の河内花園駅近くの高架下(大阪府東大阪市)は、2022年から賃貸ガレージハウスとして活用されています。近鉄グループホールディングスのウェブサイトによると、1階は車やバイクが駐車できるガレージ仕様で、2階が居室。物件の上の高架は、継ぎ目の少ない線路「ロングレール」が採用され、振動音が伝わりにくい構造になっているといいます。
都市部だけではなく、郊外でも空間をいかそうという取り組みがみられます。
JR中央線の東小金井―武蔵小金井間の高架下(東京都小金井市)には2020年、学生向けの賃貸住宅「Chuo Line House KOGANEI」が誕生しました。周囲には東京農工大や国際基督教大などのキャンパスがあります。全長約350メートルの敷地を三つのゾーンに分け、中心にホールとカフェテリアを設け、居住スペースはタイプの異なる3棟で構成されています。
長く使われ続けている場所もあります。JR有楽町―新橋間(東京都千代田区)で1910年に建設された煉瓦アーチ構造の高架橋の下は、飲食店などに利用されてきました。2020年に再開発され、カフェやバー、雑貨店などが並ぶ「日比谷OKUROJI」と、バルや料理店が入る「日比谷グルメゾン」としてにぎわいをみせています。道路下も活用され、JR新宿駅近くの甲州街道の高架下にはイベントスペース「サナギ新宿」が開業しています。
▼建モノがたり「ささしま高架下オフィス」
https://www.asahi-mullion.com/column/article/tatemono/6164