大正時代の面影を残す、山形県の銀山温泉。老舗旅館がよみがえるまでの曲折とは?
川の両岸にレトロな旅館が立ち並ぶ。そんな銀山温泉のイメージを体現する築110年の「本館古勢起屋(こ・せ・き・や)」は、老朽化などのため約20年ほぼ放置されていた。
「広間の向かいが自分の部屋で、宴会のお客さんの声を聞きながら育った」と、小関健太郎社長(40)は住居も兼ねていた本館の思い出を話す。
他県で旅館修業の後、経営を引き継ぐため帰郷。本館の再開を計画した矢先に東日本大震災が起き、中止に。再び動き出したのは2017年ごろだった。
「客室数を確保したい」という小関さんの要望を受け、隣の村山市出身の建築家・瀬野和広さん(66)が当初考えたのは、正面の風情を残しつつ6階建てのビルに建て替える案だった。しかし現場は谷底で、大きな重機を入れるスペースがない。
「銀山温泉のシンボル的建物として残したい」という気持ちもあり、建て替えではなく改修にかじを切った。が、元の建物は傷みが目立つ上、全体が傾いていた。難工事が予想される中、歴史的建造物の修繕経験もある山形市の工務店社長、市村清勝さん(66)が手を挙げた。
もう一つの課題は、周辺が急傾斜地で崩落の危険がある区域に指定されていたこと。残すにはそれなりの裏付けが必要、と「文化財登録」を目指すことになった。文化庁の指導や助言を仰ぎながらの工事は約2年。古材を極力生かしながら進められた。
現代に合わせ大幅に改造した館内で思い入れがあるのは客室の広縁。夏はガラス戸を戸袋に収め、全て開放できる。改造前は外廊下で、湯上がりの客が川風を受けながらくつろぐのが「温泉街の原風景」だった。
2022年に営業再開。翌年、晴れて国の登録有形文化財となった。「やきもきさせられました」。小関さんの本音が漏れた。
(田中沙織、写真も)
DATA 改修設計:瀬野和広+設計アトリエ 《最寄り》:大石田駅からバス |
温泉街にある湯けむり食堂 しろがね(問い合わせは0237・48・8558)では地元の素材を使った「温泉せいろ蒸し」や「炭火鉄板焼き」などを味わえる。本館古勢起屋の宿泊客の食事どころでもある(専用メニュー)。ランチ午前11時~午後2時、ディナー午後3時半~午後10時(ラストオーダー30分前)。不定休。