住宅街の一角、幹線道路沿いに巨大なたるのような建物を発見。ここは何?
全面板張りの塊。出入り口も窓も見当たらず、中の様子は全くうかがえない。「店なのかどうか、何の店かわからない建物にしたかった」と「酒乃矢稀八」を経営する内田亮さん(58)は話す。「酒のセレクトショップ」をうたう店のHPには、配達などの業務は「放棄」すると書かれている。オンライン販売もしていない。
米ロサンゼルスや札幌で美容師をしていた内田さんは約20年前、父の発病で酒店を営む実家に呼び戻された。店を継いだ当初は日本酒に興味もなかったが、次第に各地の蔵に足を運ぶなどして勉強。若い世代や女性にもアピールする、酒店のイメージを覆す店を開きたいと考えた。
来店者の要望に耳を傾け、他店にない品ぞろえの中から最適な酒を提案する。そんな店でなければスーパーや量販店に太刀打ちできないと考えた。「まずは来店してもらい、商品を見て頂きたい。そのための建築です」
札幌市が拠点の建築家・五十嵐淳さん(52)が提案した店舗兼住宅のうち、内田さんが選んだのは上から見ると「P」の形の案だった。五十嵐さんが「挑戦的で、選ぶのに勇気がいる」と話すデザインだ。
Pの縦棒とカーブの下の接点にすき間があり、これが中庭へと通じる通路。中庭に入れば建物の入り口がすぐ見つかる。
建物同様に湾曲したカウンターには全国から厳選した日本酒が並ぶ。ディスプレーに導かれてカーブを進むと冷蔵ケースが置かれた通路、さらにPの縦棒部分の倉庫まで、客は日本酒の森を心ゆくまで探勝できる。
「入った瞬間全てが見渡せると、わかりやすいがつまらない。奥が見通せない空間は不安もある一方、ワクワクしますよね」と五十嵐さんは話す。
「ワクワク感」は内田さんが大切にする、店の付加価値でもある。「遠くから年数回来てくださるお客様もいる」と内田さんは手応えを感じている。
(深山亜耶、写真も)
DATA 設計:五十嵐淳建築設計事務所 《最寄り駅》:北見駅からバス |
北見駅から徒歩10分の北見ハッカ記念館(問い合わせは0157・23・6200)は、薬、香料としてかつて世界の流通量の7割を占めた「北見ハッカ」の足跡をたどれる資料を展示する。隣の薄荷蒸溜(じょう・りゅう)館ではハッカの蒸留実演が行われ、ハッカの香りがあふれる。午前9時~午後5時(11月~4月は午前9時半~午後4時半)。原則(月)、(祝)翌日、年末年始休み。
◆五十嵐淳建築設計事務所
https://jun-igarashi.jp/