東大農学部の正門(農正門)をくぐると、ケヤキやイチョウの大木の間からのぞく三角屋根。緑地帯に溶け込む建物とは。
高さ約7メートルの天井から陽光が差し込み、神聖な空気が漂う。80人ほどが収容できる広い空間は、柔らかい曲面を描く木板に包まれ、大きなガラス窓に周囲の樹木が映し出される。木漏れ日があふれる森の中の教会のようだ。
「設計時に予測しなかったことも起きています」。東大の弥生講堂アネックスセイホクギャラリーを設計した河野泰治さん(60)は話す。主に講演やシンポジウムに利用されているが、半屋外のような明るい空間は、レセプションや演奏会にも使われてきた。
講堂をたてる構想がもちあがったのが2004年ごろ。可能な限りもともとの緑地帯を残し、木造建築にすることが大学側から求められた。河野さんがデザインしたのが、周囲の樹木に合わせて高さを適度におさえ、壁と屋根を一体とした建物だった。
構造設計を担当した稲山正弘・東大名誉教授(66)が提案したのが、木製の薄い合板を組み合わせた「HPシェル」。「合板は薄いので曲げやすく、壁と屋根を一体化する曲面構造が可能でした」
さらに、シェルとシェルの間に採光部を置くデザインに練り上げた。「トップライトがないと常に闇が生まれてしまう。外の自然を感じられるよう、開きつつ閉じる空間を目指すには緑と空が見える方がよい」
大学側は遮光できる講堂を望んだが、暗くしなくても使えるプロジェクターの導入などで折り合いがついたという。
当時、木造のシェル構造建築は国内ではほとんどみられなかった。河野さんたちは、短冊状に切った合板を格子状にくみ上げ、縮尺2分の1の模型を制作。それを見た棟梁が奮起し、完成にいたった。構造の実験と解析は、木質材料学研究室の4年生が卒業論文のテーマとして取り組んだ。
「関係者が自由に楽しく、ジャズのセッションのように意見を交わした」と河野さん。伸び上がる樹木を想起させるシェル構造を前に語った。「楽しんで造られた建物は、使う人も楽しめる空間になるはず。大勢の人に木の感触を味わってほしい」
(高田倫子、写真も)
DATA 設計:河野泰治アトリエ 《最寄り駅》:東大前 |
ハチ公と上野英三郎博士像は2015年、ハチ公没後80年を記念して建立された銅像。同大農学部教授だった上野博士と忠犬ハチ公がじゃれあう姿が胸を打つ。農学部正門入って左に位置。どなたでも入門可。
▼設計した河野泰治さん、稲山正弘さんのインタビューも掲載しています
https://www.asahi-mullion.com/column/article/tatemono/6429