昨年、Prime Video(プライムビデオ)で配信された坂口健太郎とイ・セヨン主演のドラマ「愛のあとにくるもの」で、日本語も韓国語もペラペラの通訳者の役に目が留まった。いま韓国を拠点に活動している俳優の広澤草さんだ。ソウル市立大学で韓国文学を専攻し、シナリオ翻訳にも携わっている。「愛のあとにくるもの」では劇中、坂口健太郎が演じる潤吾が小説家となって韓国を訪れ、広澤さんは潤吾の通訳者の役を務めた。
広澤さんは2001年に俳優デビューし、映画「愛のむきだし」(2009)や「ラストレシピ~麒麟の舌の記憶~」(2017)、ドラマ「向こうの果て」(2021)など多数の作品に出演してきた。韓国でもこれから公開予定の作品も含め7、8本の映画やドラマに出演している。
広澤さんは韓国映画「殺人の追憶」(2003)のソン・ガンホや「シークレット・サンシャイン」(2007)のチョン・ドヨンといった俳優の演技に圧倒され、韓国映画の現場を経験してみたくなった。日本であった映画祭で韓国の映画関係者に会うと片言の韓国語で韓国映画が好きだと熱弁し、「そんなに好きなら来たら?」という軽い提案に乗り、2012~2013年にかけて語学留学に踏み切った。「それまでは、独学で韓国語を勉強していたらいつか日韓合作に参加できるかなくらいに思っていたけれど、行ってみたらチャンスがあるかも、という気がしました」と振り返る。
それが本当に実現する。韓国映画「猫少女(原題)」(2013)でヒロインを演じた。まだ韓国語が十分に話せない時期だったが、ヒロインは失語症でしゃべられない役だった。もっと韓国で活動したい気持ちもあったが、2012年に李明博大統領(当時)が竹島に上陸したのをきっかけに日韓関係が急激に悪化し、いったん日本へ戻ることにした。
再び韓国での活動を考えるようになったのは、新型コロナウイルス感染症が大きなきっかけだった。多くの撮影がストップして俳優としての仕事が減った一方でシナリオ翻訳に携わるようになり、監督や脚本家の目線でシナリオを熟読。これまで出演者としては気付かなかった新たな発見があった。「シナリオ翻訳が俳優としてもプラスになることを実感し、その両方で韓国作品に参加したいという思いがふくらみました」
コロナ禍の2021年に韓国へ渡り、語学留学に留まらず、40代で4年制の大学に入った。二十歳前後の若者と肩を並べて学んでいる。韓国文学を専攻に選んだのは、シナリオ翻訳のためでもあり、戯曲やコンテンツに関する授業もあるからだ。「自分では読まないような作品や作家に授業を通して出会い、世界が広がりました」。課題として韓国語で小説を書いた経験もある。
韓国の現場はどうか尋ねてみると、「いい現場もそうでない現場もあるのは、日本も韓国も同じですね」と意外な答えが返ってきた。韓国の映画やドラマは近年、日本に比べて予算が潤沢なイメージがあるが、主演俳優やスタッフの人件費が上がった一方で、しわ寄せが主演以外の俳優に来ている側面もあるそうだ。
韓国を拠点に活躍した俳優といえば、笛木優子さんや大谷亮平さんが知られている。2人とも韓国で知名度が上がってから日本へ活動拠点を戻した「逆輸入俳優」だ。いま韓国で活躍する日本出身俳優は、広澤草さんのほか、武田裕光さん、在日コリアンのキム・インウさんらがいる。主に韓国映画、ドラマの日本人役で活躍している。
広澤さんと武田さんは1月17日に開かれる文化庁主催のオンライン講座「映画俳優・監督の契約事情~韓国映画界の事例紹介~」に登壇し、韓国の契約事情や現場経験を語る。参加無料。申し込みは(https://jfp-contract25-01.peatix.com/)。
成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住文化系ライター。朝日新聞記者として9年間、文化を中心に取材。2017年からソウルの大学院へ留学し、韓国映画を学びつつ、日韓の様々なメディアで執筆。2023年「韓国映画・ドラマのなぜ?」(筑摩書房)を出版。新著にエッセー「映画に導かれて暮らす韓国——違いを見つめ、楽しむ50のエッセイ」(クオン)。
◆Kカルチャーの旬な話題を毎月第二土曜に配信します。