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韓国にも宝塚歌劇? 女性国劇、漫画やドラマきっかけに脚光

 昨秋韓国で放送されたドラマ「ジョンニョン:スター誕生」(日本ではDisney+で配信)を見て、目を疑った。

 えっ? 韓国にも宝塚歌劇?

 1950年代が時代背景のドラマで、男性役も女性が演じる「女性国劇」が描かれた。原作のウェブトゥーン(韓国発の縦読みWeb漫画)「ジョンニョン」が2019年から2022年にかけて連載され、さらにドラマがヒット。題材とされた女性国劇の歴史にもスポットライトが当たった。

 110年を超える歴史を持つ宝塚歌劇団と違い、韓国の女性国劇が栄えた期間は短かった。1945年の植民地解放から1950年の朝鮮戦争勃発の間にその歩みが始まり、戦後一世を風靡(ふうび)したのもつかの間、60年代には映画やテレビの人気に押されて、衰退の道をたどった。ほとんど忘れられた存在となっていたのが、漫画とドラマをきっかけに注目を浴び、ここ数カ月、女性国劇の公演は即完売となる人気っぷりだ。

 主人公ジョンニョンは架空の人物だが、ドラマが放送された後、イ・オクチョンがモデルだと話題になった。女性国劇の全盛期に男役スターとして活躍した女性だ。女性国劇で歌われるのは韓国の伝統音楽パンソリで、イ・オクチョンはパンソリ唱者だ。1946年生まれなのでいま70代後半だが、現役で舞台に上がっている。太く低い声で、見た目もかっこいい。長年のファンと交流を続け、後進の育成に力を注ぐ現在のイ・オクチョンの姿が、ドキュメンタリー番組を通じて報じられた。

 ドラマではキム・テリがジョンニョンを演じ、最終回の視聴率が16.5%を記録するヒットとなった。ジョンニョンは女性国劇の地方公演を見て、男役スターのムン・オッキョン(チョン・ウンチェ)の歌と演技に圧倒される。正式なパンソリの教育を受けたわけでもない田舎者のジョンニョンだが、オッキョンに才能を見いだされ、劇団の練習生となる。

 ドラマを見ていて宝塚歌劇みたいと思った点はいくつかあったが、一つは宝塚音楽学校のように正式な劇団員になる前に練習生の過程があることだ。練習生になるためにも歌や演技の実技試験があり、練習生の公演でファンたちがいちはやく有望株を探すというのも宝塚歌劇と共通する。ジョンニョンはオッキョンの後継候補として練習生のころからファンを魅了する。劇団存続の危機の中で繰り広げられる劇団員と練習生の確執や友情(愛情?)が描かれた。

 驚いたのは、キム・テリをはじめ俳優たちの歌うパンソリがリップシンクでなく、ほぼ100%俳優たちの声ということだ。あまりにうまいので、パンソリ唱者の吹き替えだろうと思って見ていた。ほぼ、というのは若干補正している程度で、俳優たちはパンソリの猛特訓を受けて撮影に挑んだという。

 音楽監督を務めたチャン・ヨンギュはパンソリを現代的なポップスタイルにアレンジして人気を集めるバンド、イナルチのプロデューサーでもある。

 イナルチの「セタリョン」という曲がドラマ「ジョンニョン」で使われたほか、イナルチ出身のパンソリ唱者が俳優の指導に当たった。イナルチが世界的に知られるようになったのは、「虎が下りてくる」という曲が韓国観光公社の広報動画に使われたのがきっかけで、億単位の再生回数を記録した。イナルチの成功が引き金となり、近年韓国の伝統音楽の新たな可能性を探る試みが活発化。漫画とドラマの「ジョンニョン」のヒットはその一つの成果と言える。

 

成川彩(なりかわ・あや)

韓国在住文化系ライター。朝日新聞記者として9年間、文化を中心に取材。2017年からソウルの大学院へ留学し、韓国映画を学びつつ、日韓の様々なメディアで執筆。2023年「韓国映画・ドラマのなぜ?」(筑摩書房)を出版。新著にエッセー「映画に導かれて暮らす韓国——違いを見つめ、楽しむ50のエッセイ」(クオン)。

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