昭和を代表する写真家の一人、土門拳(1909~90)は、現在の山形県酒田市に生まれました。当館は故郷に寄贈された作品や約13万5千コマ分のフィルムを所蔵しています。
土門のライフワークの一つが、病気で半身不随になった晩年まで約40年にわたる「古寺巡礼」です。中でも60回以上訪れたと言われるのが奈良の室生寺。お気に入りの仏像の一つ、十二神将立像(重要文化財)の「未神」を写した1枚は、木目が際立ち、顔の陰影も肉感的で、天を仰ぐ玉眼の瞳は潤んだよう。愛敬ある表情の像を、撮影現場では「思案投げ首」「はてな」とあだ名で呼んでいたそうです。
土門は書籍や学術書などを読み込んで仏像や建築について勉強し、被写体のどんな魅力を見せたいのか研究しました。現場でもカメラを構える前に照明や撮影の角度を検討。全体像から各部のクローズアップへと移行する撮り方が多かったようです。
この顔のアップは、熱が入って集中力が高まった状態でのカットではないでしょうか。「肉眼を超える写真でなければ意味がない」と考えた土門拳の真骨頂といえると思います。
今のような機材や技術のない中、計算通りにいかないことも多かったようです。しかし予想外のいい写真が撮れることもあり、土門は「写真に鬼がついた」という言い方をしています。そうした偶然の産物も含めて、「古寺巡礼」にはマジックのようなものが宿っているといえるでしょう。
土門は6歳の時に一家で上京し、その後約40年酒田を訪れることはありませんでしたが、自身の粘り強さは東北人であるからと自負していました。毎年5月に開催される「山王祭(まつり)」(現酒田まつり)で練り歩く獅子頭の写真は、厳しい冬を越えて迎えた田植えの季節に、人々のエネルギーを感じながら写した一コマです。
(聞き手・斉藤由夏)
《土門拳記念館》 山形県酒田市飯森山2の13 飯森山公園内(問い合わせは0234・31・0028)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。2点は4月2日まで展示中。700円。3月末まで(月)休み。
学芸員 田中耕太郎 たなか・こうたろう 東京での画廊勤務を経て2021年から現職。母が酒田市出身で記念館は子どもの頃から訪れていた。 |