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私の描くグッとムービー

小津映画を切る  紙切り 林家楽一

 

 ちょきちょきちょきちょき……と動物や風景、人物像などを一枚の紙からハサミで切り出す即興芸・紙切り。今年のお正月に行った寄席で、エスプリの効いた語りでその場を沸かせながら、紫式部や干支、おいらんなどを1、2分で切り出していく林家楽一さんのハサミさばきに魅せられてしまい、このたび取材を申し込んでみました。

 鋭いハサミの動きとは対照的に、楽一さんのお話はゆるりと脱力系で心地良く、映画「秋刀魚の味」につながるものがあるような気がしました。

(聞き手・島貫柚子)

 

●味わい深くて癖になる

 

――私の描くグッとムービーに選んだ、「秋刀魚の味」(小津安二郎、1962年)のあらすじを教えてください。

 この映画、ダラッとしていて、あらすじがあってないのですよね。起承転結の起と結だと、娘がいて、結婚する。 そこに「転」がどんな感じでしょうかね。

 

――主人公が恩師と再会し、恩師とその娘の関係を見て残念に思い、自分もこのまま娘に頼っていてはいけないと思う。

 そう。そこですよね。恩師みたいにはなりたくないと考えた主人公が、娘を結婚させる。

 

 

「秋刀魚の味」

 

 

―― お父さんとお兄さんの計らいで、娘(妹)の恋心をばらしますよね。あれ、私はドン引きでした。

 ありえないですよね。「何それ」って。あとは、おじさんたちが飲み屋で人をからかうとか猥談で盛り上がったり。「やめなさいよ」って。借金までしてゴルフクラブを欲しがったりね。いいなあとか言って。奥さんも奥さんで、ゴルフクラブを買うのに初めは文句を言っていたのに、結局折れる。……と、こんな感じでぐちゃぐちゃしてるんですけど、そこも面白いというか味わい深いというのか、癖になる映画です。

 

―― 「秋刀魚の味」は小津安二郎監督作のなかでも特にお好きで。

 はい。どの場面も、すごく紙切りっぽいんです。カメラがずっと動かないじゃないですか。役者も動かない。みんなが横に並んで、座って、喋るのをローアングルから撮影したりする。小道具も不自然に整然と並んでいて、ふと笑っちゃうんですよ。普通は役者と被るだろうに、なんかうまくちりばめられているし。

 

 

●頭に浮かんだら、手でなぞっていく

 

―― いまお話にあった「紙切りっぽい」という感覚は、日頃から、たとえば映像なんかを見ているとある感覚なんでしょうか。

 ありますね。映画なんかを見ても、注文のことしか考えないですし。「ゴジラならあれかなあ」とか。もう頭の中で切れるんですよ。ちょきちょきちょきちょき……って。

 

――「この注文が来たら、こう切る」とイメトレしていると。

 もう、それしか考えてないですね。ちょっとノイローゼですよね(笑)

 

――今年のお正月に寄席に行きまして、生で林家楽一さんの紙切りを拝見しました。注文を受けてから切り出すまで時間をかけないというか、スーッと切り始めるのが驚きでした。

 頭に浮かんだら、あとは手を動かしてなぞっていくというか、切り出していくというか。紙の中からはもう作品が見えているので、切り出していくだけですね。ただ、考えないで済むお題と考えさせられるお題はあります。

 

――考えないで済むものは。

 古典的な形です。 歌舞伎とか舞踊とか。これはお手本がありますが、お手本通りには切れないので、切り手の個性が出る。まあ何回も見た人じゃないと、味わいまでは分からないんですけどね。

 難しいのは、「失恋」とか「喜び」とか「初夏のなんとか」とか。謎かけ的な注文。普通に注文してくれればいいんですけどね。

 

――知らないお題が来たらどうするんでしょうか。

 聞いちゃいます。ちょっと前ですけど、ミャクミャク? 「どんなのですか」と聞いたら、「化け物です」。それで、持っていたのかな。その人がキーホルダーみたいなやつを。それを見ながら切りました。でも、お客さんは全然ピンと来なかったのか、「はあ……」みたいなリアクションで。

 結局紙切りは、みんな知っているものを切るのが1番ウケますね。今だったら大谷翔平選手とか。大谷くんなら、ホームランを打っている姿を切りますね。

 あと、最近子供から頼まれて、分からなかったのは、シマエナガ。その子がグッズを見せてくれて、助かりました。知らないものを切るのは、難しいですね。だからどうにか、知っているものと結びつけようとします。

 

 

●お客さんは待ってくれない

 

―― 注文を断ることはあるんでしょうか。

 ないんです。まあ聞こえないフリはしますけど(笑) すると、お客さんはもっと大きな声で言うんです。寄席は本当に小さな場所でやるので、すごく声が響くんですよ。聞こえていないわけないですよね。わたしまだ40代ですし。

 

 

―― では、ここで紙切りを披露していただいてもいいでしょうか。何をリクエストするか悩みますが、秋刀魚の味にちなんで「サンマ」とか。 

 サンマっぽい……。サンマが出てくる……。みんなが知ってるような……。古典落語のサンマがいいかな。サンマを焼いているところがあるんですよね。殿様がそこでサンマを食べるような。 

 

―― ぜひ見たいです! 動画も回してみます。 

 

 

 一対一、かなり緊張しました。

 

「サンマ」(ポジ)

 

 

「サンマ」(ネガ)

 

 

「新聞」(ポジ)

 

 

「新聞」(ネガ)

 

 

 ――今あらためて思いましたが、 ”一筆書き”で切り出すのもやっぱり、素晴らしいです。

 これが一番早いんですよね、一筆書きが。最短距離というか。やっぱり短いですもんね、時間が。パッと切らないとお客さんは待ってくれない。意外とせっかちなんです。みんな1、2分待てないですから。2分超えたらスマホ触りたくなったり。

 

―― ああ。観客としては、どんどん期待値が上がっていくんですよね。待つ時間が伸びれば伸びるほど、手元から紙の切れ端が、小津映画「晩春」のラストシーンの果物の皮のように垂れてくるほど、いったい何が出てくるんだろうって。

 やばいやばいやばい。短く、早めに切っていないとまずいですね。

 

―― 寄席では、少し難しいお題を紙切りに出して、試すような空気感も感じました。

 ありますね。そこに陥っちゃうし、難題を出した人が、寄席の中で1番ウケたりするんですよ、落語家さんより。

 

―― 正直、ちょっとその感じがありました。

 ハハハハハ。面白いですよね、人が集まると。この映画でも、おじさんたちが集まって、飲んでいるシーンが好きですね。大の大人が何を話すでもなく、夜な夜な集まって飲むんです。何げない場面なんですけどね。日本酒とかを飲みながら映画を見ると、おじさんたちと一緒に飲んでいるような気分になれます。

 

 

●「とりあえずやってみて、ダメだったら、まあいいか」

 

―― 林家楽一さんは、どういうきっかけで紙切りの道に。

 師匠がテレビか何かで紙切りをやってたんです。で、大学生だったわたしは「教えてください」と、浅草演芸ホールから師匠の後をついていって、信号待ちで声をかけて。始まりはただ軽い気持ちでした。趣味でやれたらいいなって。「弟子にしてください」と頭を下げたというよりは、 「就職しないでやりたいんですけど」って、ダラダラっと入門したような、大学生がアルバイトしながらそのままそこに就職しちゃうみたいな、ああいう感じでしょうかね。

 元々は兄の結婚式で紙切りを披露しようと思ったんです。「とりあえずやってみて、ダメだったら、まあいいか」って。それが結婚式で人生一ウケて、味を占めて、人前に出るのが癖になっちゃったんです。

 

――面白いですね。

 同じことを正確にやる、長く正確にやるっていうのは得意なんですよね。そういう家系ですし。だから今も続いているのかもしれないですね。

 

 

 ●想像して補ってほしい

 

―― 小津監督は、棒読みが好みだとか。

 それは感じました。みんな、あえて感情込めないで演じてるんだな、と。たとえば杉村春子さん。あのラーメン屋の店主の娘役の人は、すごい舞台女優さんなので感情豊かに演じられるんでしょうけど、あえて素っ気ない台詞回しをしているんだと感じましたね。そうすると、見ている人の感情がこもるというか。

 紙切りもシルエットなんです。ということは具体的に描かないので、足りないものは見ている人に想像して補ってほしい。「富士山」がお題なら、富士山を切って、それを見ている人も一緒に切ると、そこに物語が浮かんできますよね。シルエットだけだから、「なんで見ているのかな?」って。

 

―― 共感できないとダメで、と言って余白で想像させたい、と。

 そうです。想像して、なんとなく補ってもらいたい。「アンパンマン」って言われたらもう、アンパンマンしか描けないですけど、それだと描ききってしまっているじゃないですか。でも紙切りの妙っていうのは、無駄を排除して伝え、お客さんに「何してるのかな」「なんかつまんなそうだな」「なんか何か考えてんのかな」とか解釈してもらうことなんです。

 伝統芸能でも、能なんかは感情を一切入れないし、動きも入らないですけど、あれですべて表していますもんね。

 悲しんでいる顔、怒っている顔。いちいち変えたら大変です。あとは、ゆ~っくり歩いているようで、実は猛スピードで移動してるとか。人形浄瑠璃なんかも、当たり前ですが人形だから表情なんか入ってないですけど、それが見る人によって表情が変わって見える。

 

―― 日本の伝統芸能には、想像させる余白があるんですね。

 しかないと思います。歌舞伎はその対極にあるものなのでしょうね。

 

―― お話しながら、私も考えが整理されていっているんですが、注文が切り出されるのを待つ、あの時間も楽しいですよね。そこでどんどん想像が膨らんでいくので。

 待ってる時間は、みんな、ふと楽しいことや嫌なことを思い出したりしているんでしょう。

 

―― 海外の方からも注文を受けることはあるでしょうか。

 あります。5月にフランスに行ってきました。レセプションみたいなものがあって、パリへ。お題は日本的なものが多かったですね。「富士山」「芸者」「侍」とか。海外も紙を切る文化自体はあるんですが、下絵を描くことが多いので、即興は日本ならではでしょうね。

 

――日本の寄席では、紙切りをしながら語りもなさっていましたが、あれは現地ではどのように。

 通訳を介してですね。でもあまりウケなかったかな。

 

林家楽一 はやしや・らくいち 

1980年神奈川県生まれ。故・三代目林家正楽師匠に憧れ、紙切りに。7月10日まで、東京・上野の鈴本演芸場と浅草演芸ホールの夜席に出演。

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