「マスク」(1994年) ハナコ・秋山寛貴さんのお笑いの原点には、さえない主人公がハイテンションな超人に大変身して大暴れするコメディー映画「マスク」がありました。
書店で一目惚れしたイラストは、くらちなつきさんが描いたイラストでした。おしゃれで、色使いがなんとも素敵なのです。お目当ての本ではなかったのに、気がついたらその本を買っていました。彼女が描くおしゃれな女性たちは、絵の中で生活をし、自らの意思で時を刻んでいるように見えました。
そんなくらちさんに取材をしたら、夢に向かってまっすぐに戦い抜いてきた、闘士のような姿が垣間見えました。是非、彼女のイラストとともにご覧になってください。
(聞き手・斉藤梨佳)
Profile くらちなつき 1993年、愛知県生まれ。イラストレーター。マガジンハウスGINZAでのウェブ連載「22時の冷蔵庫」の挿絵や、アパレルブランド「KEISUKEYOSHIDA」とのコラボ、最近ではルミネ新宿のキャンペーンビジュアルのイラスト作成など幅広く活躍。 ©くらちなつき |
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※くらちなつきさんは6月14日(金)朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」に登場予定です。
■油絵学科からイラストレーターの道へ
――武蔵野美術大学の油絵学科を卒業されてから、どのようにイラストレーターになったのですか?
油絵の具が自分に合うなと思って油絵学科に入学したのですが、イラストも元々好きでした。大学1年生くらいの時から「イラストレーション」という雑誌の「ザ・チョイス」っていう登竜門のようなコンペがあるんですけど、そこにちまちまと出していました。大学2年生くらいの時に、卒業後どうしようって考え始めて、油絵でやっていくのは現実的に難しいなと思いました。
画家とイラストレーターは大きく違っていて、画家は自分のオリジナル作品を描いて販売するやり方が多いと思うのですが、イラストレーターは企業から依頼を受けて、コンセプトなどを聞きながら、それを自分の作風に落とし込んでやっていく、割とチームでやるような感覚が強いです。そこが画家とイラストレーターでは違うんですよね。私は後者のように、人から依頼を受けて描いて、雑誌の挿絵や広告に載る方が憧れがあったので、途中でもう油絵は捨てようと思いました。
――すごい決断ですね。
一気に画材を捨てて、油絵学科にいながらもイラストをやっていこうと決意をして、絵の具もアクリル絵の具に変えました。大学3年生からの2年間はアクリル絵の具で絵を描いて、独学でイラストをやりながら、コンペにも出すという生活でした。
――学んできたものを捨てて、イラストレーターという新しい道に進んでいくことに不安はありませんでしたか?
めちゃくちゃ不安で、かなり体調も崩していました。顔もやつれてしまって、当時は友達からも「げっそりしているけど大丈夫?」と心配されていました。
私は大学を卒業するとすぐにフリーのイラストレーターの道を選んだのですが、大学4年生の頃は周囲から「なんで就活をしないんだ」「就活しないとダメだろ」と言われていて、賛成してくれる人は誰もいませんでした。友人も就活中だったので相談できる人もほとんどいなくて、一人で闘っていました。
――それでもその不安を乗り越えられたのはなぜですか?
他のことが本当に不器用なので、今イラストを捨ててしまったらもう他に何も残ってないなって思っていました。同じ大学にいるような子達はすごく器用で頭も良くて、これからたぶん制作会社とかに入って、バリバリやっていくんだろうなっていう子達ばかりで、不安が大きかったです。
私は大学に入る前から絵しか描いてこなかった。だから「イラストレーターを死ぬ気でやっていくしかない」っていう気持ちでやっていました。自分で自分に試練を与えていたみたいな感じはありますよね。
――その芯の強さは昔からですか?
強くはないと思います。
でも絵を描くことだけが本当に好きだったので、ひたすら描いていました。中学生くらいの頃から絵で大学に行くしかないと思って、デッサンの勉強を始めていました。
――中学生の頃からですか。そんなに前からでも「イラストレーターになりたい」という夢が変わることはなかったのでしょうか。
なかったですね。やっぱり絵を描くのが一番だったので。
でも「自分にはできないんじゃないか……」という不安から、やめようって思った瞬間はありましたけどね。
★くらちさんのイラスト(©くらちなつき)
■作品が生まれるまで
――創作の時は、どういうものからインスピレーションを受けていますか?
映画の中のなにげないワンシーンとか、それそのものを描くわけではないんですけど、面白いなって思う瞬間だったり、ネットサーフィンをしていて見つけた「この女の子めっちゃかっこいいな」っていう子を見たりしています。あとはカフェも好きなので店内の面白いライトとか。そういう色々なところから、少しずつ自分の好きなものをつまんでイメージを膨らませて描いています。
――個展もやられていますが、自由に作品を作るのとクライアントからの依頼を元に作るのとではどちらが多いですか?
ほとんどがクライアントワークです。
――クライアントワークの面白さは何でしょう。
依頼をくださる会社によって違うのですが、この場所にこのモチーフを描いて、色はこの色で、というようにガチガチに決まっている会社もあります。そういう時はその要望に従いつつ、なるべく自分がいいなって思える方向にもっていけるようにします。比較的自由なやつは、自由に描きながらもその会社のテイストを守るように意識していますね。そういうことが、すごく面白いです。
自主制作で作るよりも、指示をもらってそこから落とし込んでいく作業が好きなんです。楽しいですね、純粋に。
――くらちさんからは、もっと成長をしたいという意欲を強く感じるのですが、バイタリティーの元になっているものはありますか?
元々絵を描くこと自体が趣味の延長で、段々と仕事になっていったので、極めたいっていうのはありますよね。
でもまだまだ勉強です。もっといいものを、どんどん作っていかないといけない。やっぱり厳しい業界じゃないですか。代わりはいっぱいいると思っているので、これで満足したら終わりだなって思っています。
――ご自身の絵の魅力はどこだと思いますか?
色合いが良いって言ってくださる方がすごく多いです。割と落ち着いたトーンが好きなので、ちょっとグレイッシュ(※)な雰囲気を意識して描いたりもします。
女の人を描くことの方が多いのですが、なるべく完璧ではない、少し抜けた感じの人を描くのが好きです。そういう人の方が魅力を感じるんです。あとは性別をそこまで感じさせないように描きたいとかはありますね。
※ グレーが混じったような落ち着いた色味
★くらちさんのイラスト(©くらちなつき)
――くらちさんの絵を見ていると、絵の枠の外にも世界が続いているような感覚になります。
それすごい嬉しいです。
映画が好きなので、ストーリーの一場面みたいな感じにしたいというのは意識しています。何かがここから起こるのかな、という余韻が欲しいなと思います。
■陶芸への挑戦
――くらちさんは陶芸作品も販売されていますよね。
あれもいちから作っています。大学でも陶芸サークルに入ってはいたのですが、その時はただ部室でお菓子を食べてるみたいな感じでした(笑)
でもイラストレーターになってから本格的に絵を立体に落とし込みたいなって思って、そのタイミングで素敵な陶芸教室を見つけたんです。教室といっても授業みたいなことはなくて、窯を貸してもらっている感じに近いのですが、クリエイターさんがたくさん通っています。最初の半年は本当にうまくいかなくて、作っては、ああダメだっていうを繰り返しながら続けていましたね。
――それでも粘り強く続けられたのですね。
やめそうでしたね。もうこれダメだ、みたいな(笑)
他の人がめっちゃ良いものを作っているのに、自分は全然うまくいかなくて最初の半年はずっと落ち込んでいました。でもある時、スイッチが入った瞬間があったんですよね。今までは、自分には陶芸の技術がないからこういう形のものしか作れないだろうと自分の中に制限をかけていて、面白いものが作れなかったんですよ。でも半年くらい経って、作る前に資料を探したりコンセプトを練ったりして、「そこから作らないとダメだろ」って思い始めたんですよね。そういう準備をするようになってから、頭の中で作りたいものがイメージできるようになって段々と作れるようになっていったんですよね。
★くらちさんの陶芸作品(©くらちなつき)
――くらちさんにとって、「物作り」とはどういうことでしょうか。
毎日絵を描いていない日はないし、息を吸うように絵を描いているので、生活の一部ですね。物作りは娯楽でもあるけど、大変なことや悩むこともたくさんあります。でもそういう楽しいだけじゃないっていうのもひっくるめて、生活にしっかりと組み込まれているものだと思います。
■趣味について
――6/14付の「私の描くグッとムービー」(一番下にリンクあり)にもご登場いただきますが、映画がお好きなんですね。
映画は年100本くらい見ていて、そういう生活をもう何年もしていますね。特定のジャンルが好きというわけではなくて、ラブコメも好きだし、ホラーも見ます。この週はコメディ見たいからひたすらコメディを見る、みたいなこともありますね。
――他にも趣味がありますか?
古着が好きです。まだ全然絵だけでは食べていけなかった時は古着屋さんでバイトをしていました。古着ってストーリーがあるんです。スウェットにネームペンで名前が書いてあったりとかすると「この人が着てたんだ!」って思ったり。そういうところにストーリーを感じるんですよね。
あとはディズニーが好きです。ディズニーランドに行って、空間をぼーっと見るのが好きです。パーク内にはたくさんポスターが貼られていて、そういうあまり人が目に留めていないようなところで立ち止まって写真を撮るというマニアックな遊びをしています。ディズニーランドのようなテーマパークは技術のある人達が集結しているので、ただの遊園地ではなくて、すごい物作りが集結している場所だと思うんです。特に「ホーンテッドマンション」が好きで、だいぶ昔に作られた動く人形達がまだ現役で動いていて、めっちゃすごいなって思います。「ホーンテッドマンション」の本も持っているんですけど、色々な歴史があって今の「ホーンテッドマンション」というアトラクションがある、そこにもストーリーがあることが面白いです。
★くらちさんのイラスト(©くらちなつき)
取材後記
取材の際、オレンジジュースを片手に持って、明るい笑顔で颯爽と現れるくらちさんの姿が印象的でした。
ただそれと同時にお話を聞いていく中で、夢をつかむためにストイックな努力を続けてきた力強い姿が浮かび上がってきました。そうかと思えば、将来への不安に駆られていた学生時代の繊細な一面も見えてきました。自分の作ったもので評価され、キラキラと輝いている人でも、本当は強くない部分や、ギリギリのところでもがいている必死の努力がある。そういうことに、改めて気付かされました。
くらちさんのお話を聞いていると、「ストーリー」がキーワードになっていると感じます。くらちさんの好きなものにはストーリーがあふれていて、彼女の描く絵もまた同じです。世代が近いこともあり、取材中はまるで親しい友人と話しているように柔らかな時間でした。それはきっとくらちさん自身の「ストーリー」を聞かせていただくことが、何より楽しかったからだと思います。
作り手の心を知ることは、作品へのさらなる愛情を育てます。これを読んだ後にくらちさんの作品を見たら、皆様もグッとくるものがあるのではないかと思います。
先日のポップアップでくらちさんの器を買った私も、紛れもなくその一人です。
(斉藤梨佳)
公式ホームページ
https://natsukikurachi.wixsite.com/illustration/about
Instagram
https://www.instagram.com/natsuki_kurachi/
▼私の描くグッとムービー(6月14日午後4時配信)
https://www.asahi-mullion.com/column/article/dmovie/6062