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【相続会議】相続で家族や地域社会が困らないために 人生100年時代の“リスク”への備えとは

長寿・高齢化でこれから「人生100年時代」を迎え、ライフスタイルや家族のあり方も多様化する中、新たな相続問題が起きています。高齢の相続人がいて遺産分割協議が行えない、子どもがおらず甥・姪が法定相続人になったものの連絡がつかない……いざというときに相続手続きができないケースが多くなっているといいます。相続に関する実践的な調査・研究を行う三菱UFJ信託銀行MUFG相続研究所長の入江誠さんに、相続の現場でよくある問題や、相続についての正しい知識「相続リテラシー」の重要性について聞きました。

(この記事は、相続ポータルサイト「相続会議」からの転載です)

 

相続対策の不足が残される家族や社会の負担に

――「MUFG相続研究所」は2020年の設立以来、どのような活動をしていますか。

高齢社会における資産管理と、次世代への円滑な資産承継といった社会的課題の解決に向けて、中立的な立場で実効性のある情報発信や政策提言に取り組んでいます。

具体的な活動としては、産官学の連携のもとでの調査・研究です。「産」は信託銀行など相続業務に携わる事業者、「官」は法務省や日本公証人連合会など政府・行政機関、「学」は民法や精神医学の専門家を中心とした学術界との意見交換や共同研究をしています。

――人生100年時代を迎える中、相続の現場ではいま、どのような問題が起きているのでしょうか。

まず、相続人の高齢化があげられます。認知機能が低下していて遺産分割協議や相続手続きが行えず、成年後見人をたてるための手続きや費用が発生するなどの問題です。また、近年、いわゆる「おひとりさま」が抱える課題が相続の現場でも顕在化してきています。

「おひとりさま」といっても、全く身寄りのいない方もいれば、家族や親戚はいるけれど日常的に接触のない方もいます。また、高齢のご夫婦でお住まいの場合もどちらかが亡くなられると独居になりますので、私は広い意味での「おひとりさま」に含めて課題や必要な備えについて考えています。最近増えてきたと感じるのは、高齢の「おひとりさま」が亡くなられて、法定相続人はいるものの生前は故人と没交渉で、さらに相続人同士も疎遠というケースです。

例えば、お子さんがいない場合、甥や姪が法定相続人になることがありますが、長い間会っていないいとこ同士で葬儀や埋葬、遺産分割について話し合わなければなりません。「そもそも誰が音頭を取るのか」から難航して手続きがなかなか進まなかった、という話も実際に聞いたことがあります。

こうした想定外の事態で相続手続きが滞るケースが増加していて、その結果、相続手続きがされない不動産などの資産が増え、所有者不明土地や空き家問題などの社会的な問題にも発展しています。こうした適切な管理や活用ができない土地や建物があることで、地域の開発事業や災害・復興対策にも影響を及ぼし、見過ごせない問題となっているのです。

日本には独特といってもよい相続の法律や、戸籍という制度があります。複雑でわかりにくい相続の仕組みや、例えば遺言がある場合とない場合で何が違うのか、といったような知識はまだ十分に浸透していません。そうした相続に対する意識や知識というものを私たちは「相続リテラシー」と呼んでおり、相続リテラシーが高まることで遺言の作成をはじめとした色々な対策を打てるようになると、日本が抱えている社会課題の改善に期待できることもあるのではと思っています。

信託銀行のお客様からは、実際に相続を経験して「こんなに大変だったんだ」「まさかこんな状況になるとは思わなかった」といった声を聞いています。一方で、遺言書の作成などの対策をきちんとしていた人の相続人からは「準備をしておいてくれて本当に良かった。感謝しかない」という声が聞かれます。残された相続人に負担をかけないためにも、課題に対し適切な対策を講じられるよう正しい知識を持っていただければと考えています。

 

円滑には行かない相続の実際 意識との差

――日本における相続リテラシーの現状について、調査研究や、実際の相続に絡んだ信託銀行の現場で起きていることを踏まえて教えてください。

当研究所では2023年9月、相続・遺言に対する意識や相続リテラシーの状況についてリサーチするため、相続に関する意識調査を行いました(有効回答者数:全国の40歳以上の男女5152人)。

相続に対する意識を問う設問では、⼦どもへの財産配分は均等にした方がいいと考える人が56.5%と半数を超えています。一方で、「不動産は後継者(そこにすでに住んでいる相続人など)に相続したい」「介護などの世話をしてくれた人に多く残した⽅が良い」といった、特定の人に渡したいという希望や意向がある人も多いことがわかりました。

そのように、「こう分けたい」「この財産を残したい」という自分の思いをある程度持っている人がいるものの、遺言の必要性と実際の作成状況について聞いてみると、遺言が必要だろうと思ってはいても実際に書いている人は少ない、という実態が見えてきたのです。

遺言が必要だと思う人は42.9%いましたが、実際に作成した人(作成中を含む)は全体の6.6%に留まりました。遺⾔が必要と感じながら遺⾔を書いていない理由としては、「もう少し先の話だと思う/まだ早い」が58.1%と突出して高いのです。特に男性では、70代以上と年齢が上がっても「まだ早い」が高いままであり、どちらかというと「考えたくない」に近いのかもしれません。

注目すべきは、遺言は必要ないという人にその理由を聞くと「財産が少ない」「法定相続でいい」、また「家族仲がいい」という回答が多かったことです。これは、信託銀行の窓口の現場でよく聞かれるものでもあります。

ただ、財産が少なければ遺言が要らないのかというと、必ずしもそうではありません。不動産は相続登記をしなければなりませんし、預金等は、基本的には相続人全員の戸籍謄本や印鑑証明書などの書類を集めて金融機関で手続きしなければなりません。また、「法定相続分」はあくまで遺産分割の“目安"となる割合に過ぎず、法定相続分で自動的に遺産が分けられて手続きが完了するわけではないのです。

相続登記については2024年4月から申請が義務化されましたが、過去の相続も対象なので、現在の所有者(相続人)を確定するために戸籍上は存命の江戸時代生まれの人の失踪宣告を申し立てて、ようやく死亡が確定したという報道もありました。

また、遺言がない場合、相続人全員で遺産分割の話し合いをする必要があります。法定相続人の範囲は、「配偶者と子ども」というケースはわかりやすいですが、お子さんがいない夫婦の場合、配偶者に加えて故人の兄弟姉妹(該当者が亡くなっていた場合にはその子どもである甥や姪)も全員が法定相続人になります。配偶者だからといって単独では手続きができない、また、故人の兄弟姉妹とは普段から付き合いがなかったために相続人と連絡が取れないということもあります。

さらに、前の配偶者との子どもや、認知した子どもも法定相続人に含まれます。相続手続きを始めようとしたときに初めて認知した子どもの存在が明らかになるなどは、揉め事や手続きが複雑化する典型例と言えます。このように、相続人の確定が難しかったり予想外の相続人が現れたりするケースなど、色々なことが実際の現場でも起きています。

もちろん、相続と言っても皆が皆大変というわけではないのですが、逆に言えば皆が皆すんなりと行く、というようにもなっていないのです。

また、せっかく遺言を書いておいても、不備によって結局は相続手続きが滞ってしまうこともあります。自筆証書遺言の場合、日付や署名・捺印などのルールが細かく指定されています。実際に窓口担当者が経験した遺言にまつわる例では、日付が「平成◯年◯月吉日」という特定できない書き方になっており法的に無効となってしまったケースや、相続財産の一部の資産について記載が抜けており別途、相続人全員での手続きが必要になってしまったケースがありました。

自筆証書遺言は原則として家庭裁判所の検認が必要になるのですが、不備があったしても検認自体はなされます。そのため、家庭裁判所で検認されたから手続きできるだろうということで相続人が遺言を提出してこられたときに、確かに検認はされているけれど遺言としては無効だった、という場合も出てきてしまうのです。

これらの問題の背景には、相続に関する正しい知識・リテラシーが十分でないというところがあるのではと考えています。信託銀行や弁護士などの専門家に相談することで適切なアドバイスを受けられるのですが、「相続の問題はあまり他人に知られたくない」と考える人も多いのかもしれません。

 

 ――ほかに印象的だった調査結果はありますか。

相続リテラシーに関するところで、「相続について知っていること」はどれかを回答してもらったところ、全15項目の設問のうち認知率が4割を超えたのは「基礎控除の範囲内であれば相続税はかからない」(43.6%)という相続税に関する1項目のみでした。「遺言も分割協議書もないと遺産は法定相続人全員での共有状態が続く」(15.9%)ことや、「不動産の相続登記の義務化」(16.4%)という相続手続きの基本となることを知っている人が2割未満だったというのは課題だと感じています。

ただ、逆に言えば、お金や税金に関することには関心が高いのだということがわかりました。相続税について調べるときに、併せて法律や相続の仕組みも一緒に知ってもらうといった方法もあるのではないかと考えています。

 

遺言は保険のような「万が一の備え」

――相続リテラシーを高めるにはどうすればいいのでしょうか。

相続に関するセミナーを開催していると、退職して時間も学習意欲もあるという70代の参加者から高度な質問を受けることも多くあります。元々、相続リテラシーが高めの人がそうした学習機会に参加して、より高めていっているという傾向もあるように感じています。

先ほどの意識調査で、相続リテラシーが高い層はどういう人かを分析すると、過去に相続⼿続きや被相続⼈の介護・看護で負担・不満を感じた経験がある人が多いという傾向がわかりました。実際に親などの相続を経験する前に、まずは親戚や友人といった周りの経験を聞いて「自分のところは大丈夫かな」と感じてもらうこともポイントであると考えています。

例えば離婚して前の配偶者との間にお子さんがいる人や、お子さんがおらず兄弟姉妹あるいは甥・姪が多い方など、相続手続きに苦労が待ち構えていそうな人は、ぜひ遺言を作成するなどの対策をとっていただければと思っています。また、配偶者が高齢で遺産分割協議が困難と予想される場合も、遺言によって手続きがスムーズになることもあります。

「遺言書」は法的効力を有する文書ですが、「遺書」と漢字が似ているので「死」「最終の意思」というイメージに引っ張られ、日本では「縁起でもない」「まだ早い」と二の足を踏む方も多いのかもしれません。他方、例えばアメリカでは結婚や出産のタイミングで遺言を書くことも多く、保険と同様に「万が一の備え」という感覚が強いようです。

ただ、「まだ早い」と先送りにして、認知機能が低下している状態で書いた遺言の有効性をめぐる争いが増えているとも感じています。そのため、元気なうちに書くことが本来望ましいと思いますので、まずは子世代にあたる50代、60代のころから相続を受ける立場で関心を持ち、理解を深めてもらえればと思っています。

もちろん、全ての人が遺言を書く必要があるというわけではないと思っています。また、遺言も万能というわけではないので、必要性を認識した上でその背景にある“思い"などもきちんと伝えてこそトラブルを避けられる、ということだと思います。

日本は保険の加入率が高く、リスクを認識すると「きちんと保険に入ろう」となるところがありますよね。一方で、リスクを正しく認識していないと「何とかなるだろう」と楽観的になりがちです。相続についても同様に、正しい知識に基づいてリスクを認識できれば、適切な準備と対策を講じることができるのです。そのリスクを認識するためには、相続リテラシーを高めていくことが重要だと思っています。

 

入江 誠さん

入江 誠さん

 いりえ・まこと/三菱UFJ信託銀行MUFG相続研究所長。1989年、三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入社。相続業務を担うリテール受託業務部などを経て、2009年以降は本部、営業店でほぼ一貫して相続業務に携わる。2022年10月、MUFG相続研究所フェローに就任、2023年4月より現職。我が国における安心で豊かな社会の創造と個人資産の円滑、迅速な承継に信託銀行として貢献することを目指している。宅地建物取引士試験合格、信託法学会会員。

 

(記事は2024年12月1日現在の情報に基づいています)

 

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