「旅行けばぁ…… 駿河の道に茶の香り……」。こんなフレーズに聞き覚えはありませんか? 浪曲の一節です。昭和前期に全国を席巻した芸能ですが、今また注目を浴びつつあるのです。浪曲人気復活のうねりの真ん中にいる浪曲師・玉川奈々福さん、曲師(三味線弾き)・広沢美舟さんによる浪曲版「平成狸合戦ぽんぽこ」(高畑勲監督作品・原作のアニメ映画)を元NMB48の舞台俳優・佐月愛果さんに体感してもらいました。
(構成・桝井政則)
玉川奈々福(たまがわ・ななふく)さん
奈々福 浪曲、いかがでした?
佐月 難しい世界なのかなと思っていましたが、すごい迫力で楽しくてあっという間に終わっちゃいました。プライベートでも見に行きたいです。
奈々福 なんとうれしい。じゃあ、浪曲のことを少し説明しますね。落語は見たこと、ありますか?
佐月 私が昨年まで所属していたNMB48に落語好きの先輩メンバーがいて、自ら高座にも上がっていました。
奈々福 先輩にいらっしゃった! 落語は1人で語りますね。ほかに講談といって、張り扇で釈台という机をたたいて調子を取りながら語る芸があります。こちらも1人です。落語、講談、そして浪曲という三つが日本の三大話芸と言われています。浪曲は、語り手である浪曲師と三味線を弾く曲師の2人で舞台に上がります。
ところで、さきほど口演を見てもらった際、曲師の美舟さんがお客様の方に顔を向けず、ずっと私を見ていたでしょう。
浪曲の口演をつとめる玉川奈々福さん(左)と広沢美舟さん=昨年8月
佐月 そうでした。
奈々福 浪曲の特徴なんですが、私と美舟さんの間には決まった譜面はないんです。どのタイミングでどんなフレーズをどんな速さで弾くのか、即興です。例えば、お客様の拍手が続いていたら、その拍手の音をかき消すと失礼だから、曲師は「次に語り出すのは少し待ちましょう」という意思を三味線で浪曲師に伝え、浪曲師も語り出すのをちょっとの間控える、という感じです。
佐月 すごい!
広沢美舟(ひろさわ・みふね)さん
美舟 浪曲は、三味線の旋律に乗せて歌うように唸(うな)る「節(ふし)」と、ナレーターのように説明したり登場人物になりきってせりふを言ったりする「啖呵(たんか)」の部分があります。同じ場面でも節にするか啖呵でいくのか、日によって違うことも。浪曲師からお客様にはわからないような合図をもらっているんですよ。
奈々福 曲師がつま弾くツーンという短い音で浪曲師の心が揺さぶられ、語りに込める感情が増幅されることもあります。舞台にいる間の浪曲師と曲師の情報交換はすごい量。身体的な感覚なのでいちいち言葉にしないし、舞台を降りたら忘れちゃう。
美舟 ぶっつけ本番で浪曲師が私の知らない話を語り出すこともあります。三味線を弾きながら「ほー、そういう話なんだ」とか「あー、ハッピーエンドでよかった」と思っています。浪曲師が語っている声と姿をまぢかで見て、それに呼応して私の心と手が反応するので弾けるんです。
佐月愛果(さつき・あいか)さん
佐月 絶大な信頼関係ですね。
奈々福 佐月さんが立っていたステージも、同じ演目でも日によって違うことがあるでしょ?
佐月 来てくださるお客様の雰囲気で空気が違うし、影響されて私たちのパフォーマンスも変わってきますね。
奈々福 なまものの良さ、ライブの楽しさですよね。お客様が目の前にいるからこその熱気に支えられ、厳しさに鍛えられもします。
浪曲がいまの形になったのは明治のころ。もともとは路上の大道芸でした。道行く人の足を止めさせ、語りを聴かせ、お財布のひもをゆるめてお金を投げてもらえないと、きょうのご飯が食べられない。だから、暑苦しいほどの大声を張り上げ、お客様をつなぎとめようとしているんです。
佐月 きょう最前列で拝見していたのですが、声の圧が体にずんずん響いてきました。ところで、お二人はどうして浪曲の世界に?
毎月1~7日に口演がある浪曲の定席、東京・浅草の木馬亭
美舟 私は歌舞伎や文楽をよく見ていて、特に三味線の音が好きでした。色々な芸の三味線を聴いて回るうちに偶然、師匠(沢村豊子)の音に出会い、その音のそばに居たくてずるずる……。
佐月 きょう三味線を聴かせていただき、あまり聴きなじみはないはずなのに、とても心地よかったんです。帰り道でも三味線を聴くつもりです。
奈々福 私は大学を出て出版社で編集者をしていました。本をつくっていたんです。言葉の仕事をする中で、言葉を発する元となる感情を豊かにしたくて、新聞の告知記事で知った三味線教室に通い始めました。それが浪曲の三味線とは知らず、ただ三味線を貸してくれるのでお手軽でいいなあと。そうしたら、三味線を弾くには浪曲師のことも知っておいた方がいいと言われて唸り始め、気がつくと30年経っていたんです。
佐月 きょうの奈々福さん、美舟さんの浪曲を聴いて、今まで足を運ばなかったことを後悔しました。ほかにも浪曲師はいらっしゃると思うので、いろんな方を見てみたいです。
奈々福 「一人一節(ひとりひとふし)」と言って同じ演目でも浪曲師それぞれに抑揚も声の出し方も違う。同じジャンルと思えないような幅の広さなので、いろいろ聴いてみて、好きな浪曲を探してみてください。
【浪曲って?】
別名は浪花節(なにわぶし)。古くは説経や祭文といった宗教行事や音楽にまでさかのぼる芸で、今の口演スタイルが確立されたのは明治時代。桃中軒雲右衛門を中興の祖とする。忠臣蔵や天保水滸伝、国定忠治や清水次郎長といった演目から「浪曲シンデレラ」(作・玉川奈々福)や浪曲版「男はつらいよ」(作・玉川太福)などの新作も盛んにつくられている。
【佐月さんの体感記】
浪曲は、三味線の演奏と語りが組み合わさった芸能です。今回、初めてその実演を見させて頂きました。まずもって驚いたのは、「音」と「声」の迫力です。そこにはないはずの景色が、まるで絵巻物のようにはっきりと目に浮かんできました。
浪曲師さんの語りの抑揚。静かな語りから次第に声が高まり、一気に熱を帯びます。客席は緊迫感に包まれ、逆に低く落ち着いた声色になると、何かがほぐれたようにしっとりした空気が流れます。その激しい変化に圧倒されるばかりでした。
語りの迫力をさらに高めるのが曲師さんの三味線です。語り手の感情が高まると、三味線の音色も強くなり、静かな場面では繊細な音が響く。語りと音楽が見事にとけ合って、物語が進んでゆきます。
曲師さんが演奏をしている姿勢やしぐさはとても美しく、三味線を弾く手の動きにも目を奪われました。浪曲は曲師さんの存在も大きな魅力の一つなのだと実感しました。
浪曲師の玉川奈々福さんは、今年で芸歴30年になるそうです。この道を追求し続け、奈々福さんが積み上げてきたものを思い、胸が熱くなりました。
曲師さんは常に浪曲師さんを見つめ、語りの雰囲気やお客様の反応を感じ取りながら三味線を演奏していると、奈々福さんと美舟さんから伺いました。お互いに絶大な信頼を寄せているからこそ演じられる即興の芸術であり、その場でしか生まれない瞬間の積み重なりでもあるのだと知りました。
今回の浪曲の演目は「平成狸合戦ぽんぽこ」。
映画のストーリーに、浪曲ならではの表現や言い回しが加えられていて、とても楽しめました。
私もそうでしたが、これまで浪曲に触れるきっかけがなかった人でも、こうした現代的な題材などは入り口にしやすいのではないかと思います。
私はもともと、NMB48というアイドルグループで活動していました。そして、宝塚歌劇団のファンでもあり、よく観劇に通っています。
全ての舞台は「なまもの」です。同じ演目でも、劇場やお客様が変われば公演ごとに雰囲気も変わります。それに応じて演じる側のアプローチも違うものになり、毎回新しい化学反応が生まれます。宝塚もアイドルも、ファンの方々と一緒に舞台をつくりあげる瞬間があります。だから、全ての公演は一期一会だと思って私自身も舞台に立ってきました。
宝塚も浪曲も、その瞬間にしか生まれない表現の力があると感じました。宝塚は歌や芝居、ダンスで人間や時代を表現し、浪曲は語りと三味線だけで壮大な世界をつくり出します。どちらも演者が技術と感性で観客一人ひとりの想像力をかき立て、感情を引き出し、再現のきかない一度きりの時間を提供する芸術です。その奥深さを改めて感じました。
演劇人として、一回一回の舞台を大切にする気持ちがより強まりました。そうそう、何よりも、プライベートでまた浪曲を楽しみたいと思います!
【告知】
春からこのwebサイト「朝日マリオン.コム」で佐月愛果さんの観劇コラムが始まります。お楽しみに!