江戸時代まで漆芸は、寺院や大名の注文を受け、職人が分業で制作していましたが、明治になると、作り手が自ら発想し、全工程を手がける作家活動が盛んになります。その明治以降の作品を見られるのが東京国立近代美術館工芸館です。
この時代の漆芸界を先導したのが松田権六(ごんろく)(1896~1986)と師匠の六角紫水(ろっかくしすい)(1867~1950)です。松田は昭和を代表する漆芸家。蒔絵(まきえ)で第1回重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。二十歳で制作したこの「香盒(こうごう)」は、直径6センチほどですが、加賀・五十嵐派の高蒔絵の技法を用いた完成度の高い作品です。蒔絵は金銀の粉をまく日本独自の漆工表現。中でも高蒔絵は、下地などで盛った上に蒔絵を施す高度な技法です。実は、約40年前、当時の所有者から鑑定の依頼を受け、私の父の先輩だった松田先生に作品を見せたんです。預けて、後日戻ってきたら右側にひげが4本加わっていて、先生の遊び心を感じましたね。
六角は明治時代、師の岡倉天心と一緒に海外に流出した漆芸品を調査し、様々な技法を科学的に研究しました。「唐花文鉢」はアルミに漆を高温で焼き付ける金胎(きんたい)の技法に蒔絵を施した作品です。
漆は千年以上もつ強い素材。私も両作品のように、今という時代を表現しながら、時代を超えて残る作品を作りたいと思っています。
(聞き手・石井久美子)
近現代の工芸とデザイン作品を展示する東京国立近代美術館の分館。1977年に開館した。1910年に建てられた陸軍近衛師団司令部庁舎を改修した建物に、陶磁やガラス、木工や染織、工業デザイン、グラフィック・デザインなど3700点あまりを所蔵する。うち漆芸作品は約350点。
紹介した2点は、5月27日までの工芸館開館40周年記念所蔵作品展「名工の明治」で見られる。4月1、22日午後2時、研究員によるギャラリートークがある。
《東京国立近代美術館工芸館》 東京都千代田区北の丸公園1の1。午前10時~午後5時(入館は30分前まで)。250円。4月2、30日を除く(月)休み。
漆芸家 室瀬和美 むろせ・かずみ 1950年生まれ。重要無形文化財「蒔絵」保持者。東京芸術大大学院修士課程(漆芸専攻)修了。目白漆芸文化財研究所を設立し、文化財保存修復や国宝「梅蒔絵手箱」(三嶋大社蔵)の模造制作などに携わる。著書に「漆の文化」。 |
◆「目利きのイチオシコレクション」は来週から「私のイチオシコレクション」に衣替えします。