平山郁夫(1930~2009)の「アンコールワットの月」は、好んで用いた群青ほぼ一色でカンボジアの遺跡を描いた作品です。
1991年、平山は20年余り内戦が続く同国遺跡救済のための調査団の団長としてアンコールワットを訪れました。
到着の翌日は満月。内戦終結への動きが始まっていた時期とはいえ、遺跡周辺は地雷原。月明かりに照らされ、銃撃の標的になるかもしれない。安全上の理由から受け入れ側は渋りましたが、平山の熱意が勝り、1個部隊に護衛されながら荒廃の進んだ遺跡をスケッチブックに写しとりました。
当館のある広島県瀬戸田町(現尾道市)、瀬戸内海のほぼ中央に浮かぶ生口島で生まれた平山は、旧制中学3年の時、勤労動員されていた広島市内で被爆、九死に一生を得ました。
自らも後遺症に悩まされながら、生き残ってしまったという意識を持ち続けたのでしょう。どんな状況にもひるまずスケッチに取り組んだ原動力はそうした体験にあると思います。
「瀬戸内の海を眺めることで美意識が育まれた」と著書に記した平山は、幼少期から絵を描くことが大好きでした。教育熱心な母は専用のノートとクレヨンを買い与える一方、小学校に上がると春夏冬の休みには毎日絵日記を描くよう命じました。
「飛び込み」は小学4年生、10歳の夏休みの絵日記です。自分と兄たちでしょうか、やぐらを登って、構えて、飛び込んで、泳ぐという一連の動作を物語のように描き分けています。毎日1、2時間かけて絵日記を描いたことは画業の訓練になり、物事をやり遂げる力も養われたと後年振り返っています。
(聞き手・島貫柚子)
《平山郁夫美術館》広島県尾道市瀬戸田町沢200の2(電話0845・27・3800)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。千円。原則無休。
学芸員・幸野昌賢さん こうの・まさかた 1961年広島県尾道市出身、立命館大学産業社会学部卒。2014年から現職。同郷の平山が「作品に込めた平和への祈り」に感銘を受け研究を始めた。専門は近代日本画。 |