読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

カラーメゾチント ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション

闇にも光 神秘の色み生む技

カラーメゾチント ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
「さくらんぼ」 1978年 紙 縦11.6×横11.5センチ
カラーメゾチント ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション カラーメゾチント ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション

 当館は、銅版画家・浜口陽三(1909~2000)の2千点に及ぶ作品や資料を収蔵しています。パリを拠点に活躍した浜口の歴史上の功績は、モノクロの銅版画技法「メゾチント」に色彩表現を取り入れたことです。

 メゾチントは、銅板の表面に特殊な道具で傷をつけ、その溝を削ったりつぶしたりして、黒の濃淡を表す技法。浜口は試行錯誤の末、黄・赤・青・黒と4版を重ねる「カラーメゾチント」を生み出しました。1枚を仕上げるにも大変な版を4枚制作するのですから、労力が必要な上、10分の1ミリの狂いも許されない繊細な作業で、年に数点ほどしか発表されませんでした。

 「さくらんぼ」は6枚組みの中の1点。色の帯の上に、四つのさくらんぼが並んでいます。たださくらんぼがある、という静物画ではない、不思議な構図の静かな世界です。画面の背景は単純な黒一色ではなく、何色ともつかない色。闇に微光があり、さくらんぼも光をまとい、詩や哲学の断片にも見えます。彫刻や油彩を手掛けた浜口がたどり着いた、この技法でしか生み出せない、澄んだ奥深い表現は、印刷では伝わらないかもしれません。手作業ならではの柔らかなニュアンスに、浜口は生涯こだわりました。

 「パリの屋根」は美術の教科書などで知られた代表作と同名で、翌年に制作された作品です。カラーメゾチントという技法の神秘的な色みがよく出ていて、見つめていると自然に息をひそめてしまいます。

(聞き手・白井由依子)


 《ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション》 東京都中央区日本橋蛎殻町1の35の7(問い合わせは03・3665・0251)。2点は12月20日まで展示。 午前11時~午後5時[(土)(日)(祝)は10時から、12月4日と18日は8時まで。入館は30分前まで]。600円。(月)休み。

かんばやし・なほこ

主任学芸員 神林菜穂子

 かんばやし・なほこ 2005年から勤務。「秘密の湖」、「浜口陽三・丹阿弥丹波子 二人展 はるかな符号 大岡亜紀の詩と共に」などの展覧会を手がける。

(2020年11月24日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

  • 似鳥美術館 北海道で生まれた家具のニトリが開いた「小樽芸術村」は、20世紀初頭の建物群を利用して、美術品や工芸品を展示しています。

  • 太陽の森 ディマシオ美術館 フランスの幻想絵画画家として活躍しているジェラール・ディマシオ。彼が制作した縦9×横27㍍の巨大な作品が当館の目玉です。1人の作家がキャンバスに描いた油絵としては世界最大で、ギネス世界記録にも内定しています。

  • 宮川香山眞葛ミュージアム 陶芸家、初代宮川香山(1842~1916)が横浜に開いた真葛(まくず)窯は、輸出陶磁器を多く産出しました。逸品のひとつが「磁製緑釉蓮画花瓶(じせいりょくゆうはすがかびん)」です。

  • 小泉八雲記念館 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が『怪談』を出版して今年で120年。『怪談』は日本の伝説や昔話を、物語として再構築した「再話文学」。外国で生まれ育った八雲が創作できたのには妻の小泉セツの存在が欠かせません。

新着コラム