葛飾北斎(1760~1849)が晩年、豪農商・高井鴻山に招かれて滞在した小布施町。謎が多い北斎ですが、現在も続く研究の結果、1840年代に少なくとも2回は訪れたと言われています。町には、祭屋台2基の天井部分にはめ込まれた板絵が北斎の肉筆画と伝わり、残されていました。その保存を目的として開館した当館は、北斎の肉筆画約80点を所蔵しています。
波濤を描いた上町祭屋台天井絵「怒濤」図2面、東町祭屋台天井絵の「龍」と「鳳凰」の4枚は小布施滞在中の85歳ごろに描かれたとされます。特に東町祭屋台天井絵には、晩年の北斎の思いを感じます。
北斎は70代半ばごろ、年を重ねるごとに絵が上達し、100歳で「神妙ならん」と画境の充実を宣言しました。「龍」と「鳳凰」という空想上のものを描くことで、神の域に達しようとしたのかもしれません。「龍」図は、中央に円を描く龍に迫力があり、手足の配置や尻尾の丸まり具合も絶妙です。その龍がふわっと海面に舞い降りる。周囲を取り巻くかぎ爪状の浪は「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を思わせます。
「椿と鮭の切り身」は、最近SNSでも話題になった一作。この取り合わせを題材にする絵師はなかなかいません。「画狂老人卍筆」の落款に続き、晩年のほかの肉筆画同様「齢八十一」と年齢が記されています。長生きして、画境をひらく喜びに満ちた北斎の心中がうかがえます。
(聞き手・井上優子)
《信州小布施 北斎館》 長野県小布施町小布施485
(問い合わせは026・247・5206)。
午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。
千円。
12月31日休み。
2点は夏季企画展「北斎 デザインの世界」「ジャポニズムの源流 北斎漫画」で展示。
学芸員 荒井美礼 あらい・みゆき 小布施町出身。京都造形芸術大芸術表現・アートプロデュース学科卒業。2012年から現職。展覧会や関連ワークショップなどを担当。 |