一針一針絹糸を縫い上げてつくる刺繍絵画の歴史は幕末に始まるとされ、明治になって京都の大手呉服商が一大産業に築き上げたといわれています。七宝や金工などとともに主に欧州へ輸出され、王室や貴族の調度品としても好まれましたが、次第に作り手が減少し、廃れてしまいました。
刺繍絵画は虫に食われたり紫外線で退色したりするため保存が極めて難しく、よい状態の作品はほとんど残っていないとされています。糸の種類や縫い方を工夫した当時の技術を受け継ぐ職人もいませんから、現存する作品は大変貴重です。
「瀑布図」は10年ほど前、ニューヨークの日本美術専門ギャラリーで偶然見つけ、初めて手に入れた刺繍絵画です。勢いよく流れ落ちる水の様子、滝つぼから上がるしぶき、色づく木の葉などが様々な縫いの技法を用いて写実的に表現されています。
滝を主題にした刺繍絵画は、明治20年代の初めごろから試みられるようになったといわれています。刺繍を施す名人たちが長きにわたって試行錯誤を重ね、真に迫った描写が可能になりました。本作も見る角度によって絹糸の輝きも変わる、リアルで精緻な表現で、それまで抱いていた刺繍の概念が覆される気がしました。
「粟穂に鶉図」は同じころロンドンで見つけた秀作です。垣の向こうで粟穂をついばむ5羽の鶉の頭上に目を凝らすと、クモの巣とクモが極細の糸で縫い表されています。鶉の羽の模様、粟穂の質感、黒い背景のアクセントになっている紅葉。実に美しい作品です。
(聞き手・尾島武子)
《清水三年坂美術館》 京都市東山区清水寺門前産寧坂北入清水3の337の1(問い合わせは075・532・4270)。午前10時~午後5時(入館は30分前まで)。800円。
(祝)(休)を除く(月)(火)休み。
臨時休館中。2点は「明治の美術染織展」(会期未定)で展示予定。
館長 村田理如 むらた・まさゆき 金工・七宝・蒔絵など幕末から明治期に制作された日本の美術工芸品の収集と紹介に尽力。2000年9月、私設の清水三年坂美術館を開館。 |