嵐でも穏やかな天然の入り江をもつ青森県深浦。「風待ち港」と呼ばれ、江戸時代からは北前船などが、避難や補給のために立ち寄りました。868年、港近くに開山した当寺は、檀家(だんか)を持たずに祈祷(きとう)だけを行う寺。本尊の十一面観音は船の神様ということもあり、海上信仰にまつわる寺宝を多く所蔵します。
中でも江戸から明治期の「髷額」28点と「船絵馬」70点を含む資料群は、国の重要文化財。「髷額」とは、船乗りたちが切った髷を絵馬にくくりつけたものです。当時は嵐に遭って船が沈みそうになると、命の次に大事な髷をほどき、ざんばら髪で一心に神仏に祈りました。そうして助かると、再び結い直した髷を切り落とし、お礼として寺に奉納したんです。祈りによって境内にある杉の木が光を発し、それを頼りに海上から生還した伝説も残っています。髷は、一般の町人ということもあり、全体的に小さめですね。今でも黒々としています。この髷額には奉納者の「木綿屋」や船名の「住吉丸」、乗組員の名前と人数などが書かれています。
船の絵が大きく描かれた「船絵馬」は、海上安全と商売繁盛を祈って奉納されたもの。船主が航海の前に専門業者に注文し、港々の寺社に納めました。北前船の起点だった大坂には、船絵馬の大きな店が3軒あったようです。左向きの船を描くなど、同じ形式のものが多いのですが、背景の太陽の位置が店ごとに異なります。オリジナルの商標ということですね。
(聞き手・中村さやか)
《真言宗醍醐派 春光山 円覚寺》 青森県深浦町深浦浜町275(問い合わせは0173・74・2029)。午前8時~午後5時(12~3月は4時まで)。寺宝館拝観料400円。2点は常設展示。
副住職 海浦誠観 うみうら・せいかん 1974年生まれ。種智院大卒業後、醍醐寺伝法学院で修行。海上安全の祈祷を行い、写経体験会で梵字(ぼんじ)の写経も広める。 |