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私のイチオシコレクション

幽霊画 全生庵

怪談の名手 円朝の愛蔵品

伊藤晴雨「怪談乳房榎図」 明治~昭和時代 絹本彩色
伊藤晴雨「怪談乳房榎図」 明治~昭和時代 絹本彩色
伊藤晴雨「怪談乳房榎図」 明治~昭和時代 絹本彩色 綾岡有真「皿屋敷」 江戸~明治時代 絹本彩色

 近代落語の祖とされる落語家・初代三遊亭円朝(1839~1900)は、人情噺に加え怪談噺の名手でもありました。円朝の禅の師匠だった山岡鉄舟が創建したのが、この全生庵。円朝が収集し、噺の創作の参考にしたとも伝わる幽霊画コレクションを所蔵しています。足がない幽霊画の先駆けと言われる、伝円山応挙の作品を含むユニークな50幅。毎年8月に虫干しを兼ねて公開しています。

 伊藤晴雨(1882~1961)の「怪談乳房榎図」は、後に歌舞伎化もされた円朝作の怪談の一場面。主人公の絵師・菱川重信は、美しい妻に横恋慕した弟子によって殺害される。幼い息子まで滝つぼに投げ捨てられたそのとき、幽霊となった重信が息子を抱えて水中から現れた――。コレクション随一のすさまじい形相ですが、我が子を抱く手つきは優しいですね。

 一見普通の女性を描いた「皿屋敷」。右の袂が透けていることで幽霊とわかります。作者は、円朝と交流があった綾岡有真(1846~1910)。ふすまの菊の絵が、皿を割ったために惨殺され、夜ごと皿を数える「お菊さん」だと示唆しています。顔を隠して忍び泣く姿は清楚な印象を与えます。

 円朝の代表作に「真景累ケ淵」という怪談がありますが、「真景」は「神経」にかけたものだと言われています。人間の心の奥底にあるやましさやおびえる気持ちが幽霊を見させるのでしょう。恐ろしい絵も、背景の物語を知ると見え方が違ってきますよ。

(聞き手・星亜里紗)


 《全生庵》 東京都台東区谷中5の4の7(問い合わせは03・3821・4715)。午前10時~午後5時(入室は30分前まで)。2作品は「幽霊画展」(31日まで)で展示中。500円。

ひらい・しょうしゅう

住職 平井正修

 ひらい・しょうしゅう 1967年生まれ。2003年、全生庵(臨済宗国泰寺派)住職に就任。座禅会や写経教室を開催する。

(2019年8月13日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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