300年の歴史があった前橋市の老舗旅館が、アートホテルに生まれ変わった。なぜ?
4階まで貫く吹き抜けはコンクリートむき出しで、カフェラウンジに座ると明るく開放的な空間に包まれる。白く光るパイプが、柱や壁に沿って縦横無尽に這っているのも印象的だ。
JR前橋駅から徒歩15分ほどの白井屋ホテル。街中のホテルなのに、建物のあちこちに絵画や彫刻を飾るスペースが設けられ、部屋数は25室にとどまっている。
白井屋ホテルの前身は、江戸時代創業の白井屋旅館。1970年代にホテル業に転換するも2008年に廃業した。地元出身の大手眼鏡チェーンJINS創業者の田中仁さんが、地域の再生に向けて廃ホテルを購入。旧知の建築家の藤本壮介さんに設計を依頼した。
「部屋が減っても、利用者、地元の人を問わず大勢が集まる街のリビングのような、前橋の新しい顔になれば」。藤本さんは話す。
「内装をおしゃれにするだけでは盛り上がらない」。提案したのは、旧ホテル白井屋の床を半分ほど抜く大きな吹き抜け。吹き抜けには渡り廊下が空中を交差するようにかけられ、新たにヘリテージタワーと名付けられた。
アートも、この2人ならではの発想だった。現代アーティストのレアンドロ・エルリッヒさんが日本での個展開催中に田中さんらと会食。工事中のホテルに足を運んだ。コンクリートに空いた配管跡の穴から「配水管の亡霊」をイメージして、LEDの作品「Lighting Pipes」の制作にいたった。
当初はアートを前面に出す予定ではなかったが、これをきっかけに田中さんが作品を集めた。「結果的にユニークなホテルになった」と藤本さんは語る。
田中さんらは16年、市と前橋ビジョンを策定し、前橋出身のコピーライター糸井重里さんが「めぶく。」のコピーをつくった。新設されたグリーンタワーの緑の丘のデザインは、このコピーから着想したという。
ホテル総支配人の堀口大樹さんは「ラウンジが地元の方々にたくさん使っていただけるようになった」と話す。ホテル周辺にギャラリーのある複合施設も誕生するなど、前橋のにぎわいが芽吹き始めたようだ。
(笹本なつる、写真も)
DATA 設計:藤本壮介建築設計事務所 《最寄り駅》:前橋 |
徒歩3分のアーツ前橋(☎027・230・1144)は、近現代美術や地元ゆかりの作家の作品を中心に、展覧会やイベントを開催する美術館。デパートを改修した建築も見どころのひとつ。午前10時~午後6時(入場は30分前まで)。水曜休み。
白井屋ホテル
https://www.shiroiya.com/
アーツ前橋
https://artsmaebashi.jp/