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建モノがたり

さぼうる(東京都千代田区)

愛され70年みんなの思いが「味」に

 神保町駅のA7出口をでると、一風変わった喫茶店が目に入る。トーテムポールと赤電話がでんと並ぶ。
 
 「味の珈琲屋 さぼうる」。そう看板が掲げられた店の創業は1955年と今年で70周年になる。「本の街」神田神保町らしく出版、書店関係者や近くの大学に通う若者らが集う。
 
 2階建ての木造建築を半地下と、1階、中2階の3層構造に改築した喫茶店だ。60席ほどの店内は、所々やわらかい明かりがともるだけで、ほの暗い。樹皮をまとったままの柱がたち、床はれんが敷きになっており、深い色合いが歳月を感じさせる。
 
 切り盛りするのは、伊藤雅史さんと智恵さん夫婦。2人とも40代前半だが、バイトで店に入り、先代経営者の鈴木文雄さんに鍛えられた。「先代は手塩にかけた店を我が子のように思っていました。自分たちがしっかりしないと、と意気に感じたものです」と雅史さんは振り返る。
 
 ゆったりした雰囲気に、つい長居してサボりたくなる「秘密基地」の趣があるが、さぼうるの意味はスペイン語で「味」。分厚いピザトーストなどが看板メニューでアルコールもそろえる。7色あるクリームソーダは味もそれぞれ違い、「映える」と若い世代に人気だ。隣には食事どころの「さぼうる2」があり、盛りの良いナポリタンなどを目当てにしばしば行列ができる。
 
 店の流儀を伝えた鈴木さんは年齢を重ね、3年前に世を去った。伊藤さん夫婦は神保町を愛してやまない鈴木さんの思いに添い、最後まで店の近くで暮らせるように奔走。やがて後継者として見込まれた。
 
 店内には和風のお面や南国風の編まれたカゴ、ランプなどが点在し、それらの風合いが絶妙に交じり合っている。「お客さんからいただいたものが多く、それも店の雰囲気に合うものを選んでくれて、何とも言えない空気になっています」と雅史さん。落書きもあるが、それも節度を持って書かれたご愛敬なのだとか。
 
 創業70年だけに、90歳ほどという、かつてのお客さんが再訪することもあった。「みなさんに育てられてきたんだなあ、とじーんときました」と智恵さん。寄せては返す人の思いが、店の隠し味になっている。

(木元健二、写真も)

 DATA

  階数:2階
  用途:喫茶店
  完成:戦前

 《最寄り駅》:神保町   

 

建モノがたり

 徒歩約3分の書泉グランデ(☎03・3295・0011)は「本の街」でも「趣味特化店」として存在感を示している。地下1階から地上7階まで、コミックやプロレス、アイドル、鉄道、占い、歴史など全部で約17万冊を備える。雑貨も豊富な品ぞろえで、イベントスペースもある。午前11時~午後8時。定休日は元日のみ。
2025年1月28日、朝日新聞夕刊記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください。

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