「関東の耶馬渓」と称される吾妻(あがつま)渓谷と並行して電車が走る。長さ7.2メートル、日本一短いとされる樽沢トンネルを抜けると、川原湯温泉駅は近い。
2019年度に完成予定の八ツ場(やんば)ダムに水没する唯一の駅だ。線路が切り替わる今月24日に役目を終え、バス代行輸送を経て、10月1日には約70メートル高い造成地に造られた新しい駅が営業を始める。
駅名にある温泉は源頼朝が発見したという言い伝えがある。やわらかな湯は渓谷を散策した人々の疲れを癒やしてきた。駅から温泉街まで、客が列をなして歩いた時代もあったという。
創業約60年の旅館を営む豊田拓司さん(62)は学生時代は通学で、旅館を継いでからは客の送迎で駅を利用した。「当たり前の景色がなくなるのはもったいない気もするけど、立ち止まってもいられないんだよね」。旅館はダム建設のため高台に建て替えた。2年前には新駅の建設のために、自宅も立ち退いた。
瓦ぶきの木造駅舎は1946年の開業以来の建物。最近、撮影に訪れる人が増えた。駅舎にある長野原町川原湯区事務所の金子典子さん(57)は高台に移った温泉街までの道案内も買って出ている。
「駅が沈む前に見ておきたくて」と話す人たちに、金子さんはうなずく。確かに沈む。ただ、高台の新駅や温泉の露天風呂からの景色も美しい。紅葉も楽しみだという。「駅は終わりませんよ。これから先が大切なんです」
文 塩田麻衣子/撮影 上田頴人
JR吾妻線は渋川駅(群馬県渋川市)と大前駅(嬬恋村)を結ぶ55.6キロ。八ツ場ダム建設に伴う線路の切り替えは10.4キロに及ぶ。 吾妻渓谷の遊歩道入り口は、群馬原町駅から車で約20分。紅葉シーズンは例年10月下旬から。問い合わせは東吾妻町観光協会(0279・70・2110)。 沿線の駅からバスに乗ると、名だたる温泉が勢ぞろい。草津や伊香保、四万温泉など。徒歩で行くなら、小野上温泉駅から2分の小野上温泉さちのゆ(TEL59・2611)。1981年から続く日帰り温泉施設。
|
|||
共同浴場の王湯を引き継ぐ王湯会館が今年7月、高台に開館した。新源泉から湯を引き、露天風呂もある。新駅から徒歩約15分。500円。小学生以下300円。午前10時~午後6時。不定休。問い合わせは川原湯温泉観光協会(0279・83・2591)。 |