秋山寛貴さん(お笑い芸人)
「マスク」(1994年) 何をやってもうまくいかない主人公・スタンリーがマスクをつけると、ハイテンションな超人に大変身し、アパートから外出するために大暴れする。
「マスク」(1994年) 何をやってもうまくいかない主人公・スタンリーがマスクをつけると、ハイテンションな超人に大変身し、アパートから外出するために大暴れする。
朝は牛乳配達、昼はスーパーで働く50歳の大場美奈子という独身女性が主人公の恋愛映画です。高校生の時、好きだった同級生・高梨槐多の父と自分の母が不倫をしていて、交通事故で2人とも一緒に死んでしまったという過去を抱えながら、今も同じ町で静かに暮らしています。
緒方明監督の故郷の長崎で撮影されたとのことで、坂道や長い長い階段のある風景がとても好きです。冒頭の朝の牛乳配達のシーン、まだ夜が明け切らない中、家の光や街灯が海みたいにきれいで、その中をすーっと魚が泳いでいくように美奈子が坂を駆け上がっていく。牛乳瓶が当たるチリンチリンって音が涼しげで叙情的でいいんです。
槐多も同じ町で病床の妻と暮らしています。路面電車を待っている槐多の前を、美奈子が自転車で通り過ぎ、今度は路面電車が追い越していく場面で、一瞬だけ2人の目が合うんです。自制的な暮らしを送っているのだけど、ずっと心に秘めた人がいることを、せりふではなく視線だけで表しているのが素晴らしくて、色っぽいんです。
「読書する」ということが大きなテーマだと思います。たくさん並んだ本棚を美奈子がぼーっと眺めているのが印象的で、自分の人生では特別なことはしないと決めたけれども、本の中でなら自由になれる。本が彼女の魂を救ってくれたのだとわかります。初めて見た2007年3月7日、この映画を短歌日記として発表しました。「うつくしい一瞬だけでよかったの 川を流れてゆく柩たち」。町の風情と、秘めた思いがつづられていて、とても美しい映画です。
(聞き手・清水真穂実)
監督=緒方明
脚本=青木研次
出演=田中裕子、岸部一徳、仁科亜季子、渡辺美佐子、上田耕一、杉本哲太、鈴木砂羽ほか ひがし・なおこ
著書に歌集「春原さんのリコーダー」、小説「とりつくしま」(ともにちくま文庫)など。近著に「短歌の詰め合わせ」(アリス館)。 |