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私の描くグッとムービー

太田和彦さん(アートディレクター)
「いぬ」(1963年)

暗黒街の緊迫 静かに表現

太田和彦さん(アートディレクター)「いぬ」(1963年)

 暗黒街に生きる男を描いたフィルム・ノワールが好きで、そのきっかけとなったのが、メルヴィル監督でした。「いぬ」は公開当時に見て、こいつはかっこいい映画だなって。

 ジャン・ポール・ベルモンド扮するシリアンは、裏社会に顔が利く男。一方で、古い友人のギャング、モーリスから、警察と通じている密告者、つまり「いぬ」ではないかと疑われている。その小さな誤解が終盤で大きな悲劇を生む。ストーリーは単純ですが、この映画の妙味は監督の映画的技巧にあります。

 ギャング映画であっても、派手なドンパチが全然ない。セリフが少なく、すごく静かなタッチで緊迫感をかき立て、銃の一発の怖さを描いている。モーリスが広場の街灯の下に穴を掘ってお金を隠すシーンがありますが、その背景は完全な暗闇じゃなくて、街灯のようなライトがぽつぽつと入っている。白黒映画ならではの光と影の作り方もうまいですね。

 監督のノワール映画に欠かせないのが、イラストにしたトレンチコートと帽子と拳銃です。コートの前をきちっと締めて帽子をかぶる姿は、暗黒街に生きる者の自覚の表れ。一貫して描かれる男の意気地みたいなものも魅力的です。

 白黒映画、決まり切った衣装、単純なストーリー。そんなそぎ落とされた骨組みに、映画的なテクニックのみで勝負している。それでいて、何本もの名作を生んでいるんだから、メルヴィル映画は深いですね。

聞き手・渡辺香

 

  監督・脚本=ジャン・ピエール・メルヴィル
  製作=仏
  出演=ジャン・ポール・ベルモンド、セルジュ・レジャーニほか
おおた・かずひこ
 1946年生まれ。資生堂宣伝部を経てフリー。著書に「シネマ大吟醸 魅惑のニッポン古典映画たち」(小学館)など。
(2018年5月25日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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