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『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞し世界に注目されたルーマニアの巨星クリスティアン・ムンジウ監督最新作『ヨーロッパ新世紀』より、予告編と場面写真が解禁された。
本作はルーマニア中部トランシルヴァニア地方の小さな村を舞台にした群像劇。村で起こったささいな対立が深刻な紛争へと発展していく様を描きながら、幾多の火種を抱えたヨーロッパの不穏な新世紀、そして分断された世界の今をあぶり出す、戦慄の社会派サスペンスだ。
予告編映像では、ルーマニアのトランシルヴァニア地方に、出稼ぎ先のドイツで問題を起こした男マティアスが帰郷し、関係が冷え切った妻と幼い息子ルディの家に戻ってくるところから幕を開ける。少年ルディは森での〝あること″をきっかけに口がきけなくなっている。マティアスの元恋人シーラが責任者を務めるパン工場で働き始めた外国人労働者をめぐって不穏な空気が流れ出す。やがて村のSNSに過激な発言が投稿され、村から外国人を追放する署名運動にまで発展してしまう。そして、幼いルディが突如行方不明になり、シーラと外国人たちが夕食を囲む部屋に火炎瓶が投げ込まれる事件が発生する・・・。
■『ヨーロッパ新世紀』予告編
獣と一体化し凶兆を追い払うという、熊の着ぐるみを被り行進するトランシルヴァニア地方の伝統儀式の様子も切り取られている。地域の村の住民が一堂に会する緊急集会のシーンは、緊張感が最高潮に達する圧巻のクライマックスだ。17分間にもおよぶ固定カメラの長回しショットで撮影されているが、予告編にはその一部が収められた。鉱山の跡地、熊が出没する森などの風景をダイナミックに写し取りながら、あらゆる場面に緊張感を吹き込んだ映像世界には、このうえない映画的なスリルがみなぎっている。しのびよる現代ヨーロッパの怖れと狂気はいったいどこへ向かうのか——。観る者の胸をざわめかせる、「その森で、少年は何を見てしまったのか?」という言葉とともに、映画本編への期待高まる予告編となっている。
クリスティアン・ムンジウ監督は『本作は連帯対個人主義、寛容対利己主義、ポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)対真摯さといった現代社会が抱えるジレンマに疑問を投げかけている。また、自分の民族や部族に帰属し、他の民族、宗教、性別、社会階層を問わず他者を遠慮や疑惑の目で見るという、根源的な欲求にも疑問を投げかける。これは古き良きと思われている昔の時代と、混沌としていると思われている現在の時代の話であり、実行性よりも批判に価値が置かれるヨーロッパの裏側と偽りについての話でもある。不寛容と差別、偏見、固定観念、権威、そして自由についての物語。臆病と勇気、個人と大衆、個人的な運命と集団的な運命についての物語。また生存、貧困、恐怖と険しい未来についての物語でもある。本作は世俗的な伝統に根ざした小さなコミュニティで、グローバル化がもたらした影響について描いている。情報・モラルが混沌とした現代において、真実と自分の意見を区別することの難しさを背負うことになった。
この物語は、「政治的に正しくない」意見を特定の民族や集団に結びつけている訳ではない。意見や行動は常に個人的なものであるため、集団のアイデンティティに依存するのではなく、もっと複雑な要因に依存するのだ。社会的な意味合いを超えて、もっと根源的な人間そのものに根ざしている。信念がいかに選択を形成するか、本能、不合理な衝動、恐怖について、人間の中に埋もれた動物的な部分について、感情や行動の曖昧さとそれを完全に理解することの不可能性について、この物語は語っている。映画の中で最も好きなのは、言葉にはできない何かだ』 と語っている。
パン工場が雇用した外国人労働者を“異物”と見なした村人たちが、容赦なく彼らに向ける偏見の視線と攻撃的な言葉。しかし、これは単なる人種差別の話ではない。小さなコミュニティーをとめどもなく覆い尽くしていくその波紋は、民族、宗教、貧富の格差などの問題に根ざした住民の不満を暴発させ、さらにはEUが推進するリベラルな政策やグローバル資本主義の歪みをも浮き彫りにしていく。それはまさに政治や思想のみならず、平穏な市民生活までが深刻な分断によって引き裂かれる“世界の縮図”にほかならない。私たち日本人にとっても他人事ではない“壊れゆく世界”の有り様が鮮烈に映像化された。
10月14日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開