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建モノがたり

「建築自体が楽器」 隈研吾さんインタビュー

純木造の桐朋学園宗次ホール

 

 日本を代表する音楽大学、桐朋学園に純木造の音楽ホールが誕生しました。設計したのは、「木」の建築で知られる建築家の隈研吾さん。「光のホール」とも名づけた隈さんに、設計から完成までのプロセスを振り返ってもらいました。

(聞き手・鈴木麻純)

 

隈研吾さん©Designhouse

 

――学園から「木でできている楽器を体現するような建物」を依頼されたとききました。

 桐朋学園の新校舎(2017年竣工)を「木」で設計させてもらい、音楽ホールはさらに木を主役にしたいと思いました。バイオリンなど木で作られる楽器は、「躯体(構造部分)」「見た目の仕上げ材」「音響を発するボディ」のすべての役割を木が担っています。建物自身が木の塊として全体で響くようなホールを造れないかと夢を抱きました。いわば「建築自身が楽器」というイメージです。

 建物に木を使うと言っても、実際にはコンクリートや鉄の構造体の上に木をはり付ける造り方が一般的です。木の建築は、耐震性や耐火性に課題があるためなのですが、この音楽ホールでは木板を組み合わせた「CLT(直交集成板)」を選びました。木板を繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料で、コンクリートにも匹敵する強度を持っている材料です。

 

ヒノキとスギを組み合わせたCLT

 

――木造のホールならではの苦労はどんなところにありましたか。

 住宅街に建てる木造ホールのため、建築基準法などの法令に準じた耐火性能にしなくてはなりません。新校舎では、CLTの柱に白い石膏ボードを巻いて対応しましたが、これだと木造なのに、木造にみえない。かなり悩みました。

 壁や屋根は、CLTを屏風のように折りたたむ「折板構造」を採り入れることを見いだし、燃えしろ設計を行うことでCLTにさらに厚みを持たせ、強度や耐火性を高め、木の現しも実現できました。

 外壁は、ガルバリウム鋼板という鋼板でラッピングするように包んでいますが、さらにその外側に角度をリズミカルに変化させたスギ材のルーバーを並べることで木造を感じてもらえるようにしています。

 

スギ材のルーバー

 

 木造建築に関する法令は、頻繁に変わっていきます。今回のホールは、法制度や素材の確保など、さまざまな条件がタイミング良く整い、奇跡的にできた建物です。私は今、木の建築をどう世の中に広めるかということに腐心していますが、日本だけでなく世界中で木造に関する法規が変わっていく時代だと感じています。CLTも、当時はヨーロッパに比べて日本では普及していなく、製造できるメーカーは希少でした。

 

――音楽施設は、中に音を響かせたいが、音漏れは困ります。木造で工夫したところはありますか。

 木で出来た楽器のようなホールを作るにあたって、一番難しい問題でした。かなり構造的に思い切ったことをやってみたんです。一つの構造体ではなくて、壁と壁の間に空気層を設けて3層構造になっています。空気層の一部には「防振ゴム」を入れて構造の縁をきっています。具体的には、担当した事務所の寺川から説明してもらいます。

 

3層構造のイメージ図

 

《寺川菜穂子さん》

 CLTの内壁の後ろに、壁の間に空気層を2層挟んで壁や天井を3層構造にしています。さらに防振ゴムなどで構造の縁をきることで多層板状の遮音構造を計画しました。大きな実物大のモックアップ(試作品)を作って、共同で設計・施工を進めた前田建設工業の技術研究所などで何度も遮音実験を行いました。学生にも協力してもらって、オーケストラの大きな音を出してもらったこともあります。屋内で緊急車両の音が聞こえたり、演奏音が外に漏れたりということはほとんどありませんでした

 一方で、ホール内の音響も時間をかけて検証しました。唐沢誠・建築音響設計事務所に協力をあおぎ、質の良い響きを目指し、大きな模型などを制作して検証していただきました。円の柱を連続してつなげた壁が室内音響的には効果が高い造りでしたが、CLTを円形に設置するのは難しい。折板構造のなかで、折り目の角度をいくつも変えて実験し、構造的な検証も合わせて角度を120度に決定しました。

 

――このホールは舞台が広いのに客席が少ないつくりです。

 「フルオーケストラがのる舞台を」という桐朋学園側からの要望がありました。普通、ホールのバランスで言うと「演者」よりも「聞く人」の比重が大きいものです。ここは音楽大学のホールなので、演者中心の舞台が求められました。それがホールの個性となっていて、聴く人も演者のような気持ちになることができる空間です。演者と観客の一体になるように感じられる空間で、そこがとても面白い建物になったと思っています。

 

客席から見る舞台

 

――ホールが竣工した2021年ごろは、隈さんが設計に関わり、東京五輪の会場となった国立競技場も完成したばかりの多忙な時期でしたが、何度もここに足を運ばれたそうですね。

 他の現場もよく行くのですが、ここは全部を木でつくるというオーダーだったので、いっそう通い込みました。木とかフシとかは「なまもの」だから、行ってみて確認しないと心配なところが多くて。

 実はホール内の照明の効果もこだわっています。間接照明で、木を光でなめるように、と心がけて設置しました。照明器具の位置によって、木の表情は全然違ってくるのです。ですから、桐朋の音楽ホールは、音のホールであると同時に、光のホールであると思っています。

 桐朋学園のキャンパスは住宅地の中にあります。設計段階から住宅地のスケールに合うような建物にしようと考えていました。音楽を志す桐朋の学生たちには、住宅地の中の「自分たちのホール」みたいに感じていただけたらいいなと思っています。

 

 

 

プロフィール 隈研吾(くま・けんご)1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。50を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『隈研吾 オノマトペ 建築 接地性』(エクスナレッジ)、『日本の建築』(岩波新書)、『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

 

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