読んでたのしい、当たってうれしい。

私のイチオシコレクション

弥生美術館

少年少女の心ときめかす

弥生美術館
「さらば故郷!」 1929年 実業之日本社発行の「日本少年」3月号口絵 印刷
弥生美術館 弥生美術館

 弁護士・鹿野琢見(1919~2009)が1984年に創設した当館は、挿絵画家・高畠華宵(1888~1966)らの作品を所蔵、出版美術をテーマに企画展を開いています。

 館創設のきっかけになったのが、少年雑誌の口絵に掲載された「さらば故郷!」です。「男児志ヲ立テテ郷関ヲ出ヅ、学モシ成ラズンバ死ストモ還ラズ……」という漢詩が添えてあり、清らかでりりしい美少年の旅立ちが描かれています。

 華宵が描く絵は少年の中に少女が、少女の中に少年がいると言われ、両性具有的な顔つきが特徴です。男女別学で自由恋愛が難しい時代、異性へのあこがれをかき立てる作風は大変な人気で、西洋風の邸宅に住む華宵自身もスターのような存在でした。

 宮城県の農村に住んでいた鹿野は雑誌でこの絵を目にし、世の中の役に立ちたいという自分の思いを重ねて心を打たれました。大事に保管していましたが、第2次大戦で出征した留守中に失われてしまいました。

 東京で弁護士になった鹿野は1965年、雑誌記事から華宵が兵庫県の老人ホームに暮らしていることを知り、手紙を出します。二人の交流が深まり、少年の日の鹿野をモデルに描かれたのが「新さらば故郷!」です。

 華宵の死後、作品の著作権は鹿野に譲られ、全国のファンからも多くの寄贈があって美術館設立へとつながりました。自分の感性と美意識を信じて描き続けた華宵の絵は、現代人の心にも響いているように思えます。

(聞き手・小松麻美)


 《弥生美術館》 東京都文京区弥生2の4の3(問い合わせは03・3812・0012)。午前10時半~午後4時半。千円。原則(月)(火)休み。オンラインで要予約。2点は9月26日(日)まで「大正ロマン・昭和モダンのイラストレーター高畠華宵展―ジェンダーレスなまなざし―」で展示、以降も常設展示。

うちだ・しずえ

うちだ・しずえ

 埼玉県生まれ。1997年から現職。画集「高畠華宵画集 ジェンダーレスなまなざし」(河出書房新社)を編集した。

(2021年7月20日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私のイチオシコレクションの新着記事

  • 似鳥美術館 北海道で生まれた家具のニトリが開いた「小樽芸術村」は、20世紀初頭の建物群を利用して、美術品や工芸品を展示しています。

  • 太陽の森 ディマシオ美術館 フランスの幻想絵画画家として活躍しているジェラール・ディマシオ。彼が制作した縦9×横27㍍の巨大な作品が当館の目玉です。1人の作家がキャンバスに描いた油絵としては世界最大で、ギネス世界記録にも内定しています。

  • 宮川香山眞葛ミュージアム 陶芸家、初代宮川香山(1842~1916)が横浜に開いた真葛(まくず)窯は、輸出陶磁器を多く産出しました。逸品のひとつが「磁製緑釉蓮画花瓶(じせいりょくゆうはすがかびん)」です。

  • 小泉八雲記念館 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が『怪談』を出版して今年で120年。『怪談』は日本の伝説や昔話を、物語として再構築した「再話文学」。外国で生まれ育った八雲が創作できたのには妻の小泉セツの存在が欠かせません。

新着コラム