日本画家の東山魁夷(1908~99)は26年に初めて信州を訪れて以来、長野県の風景画を数多く制作しました。当館はそれらを魁夷本人から寄贈され、90年に開館。本制作36点のほか、習作やスケッチなど計970余点の作品群から制作過程の全体像を見ることができます。
風景画を主としていた魁夷は72年、戦後ほとんど描かなかった動物を登場させます。18点からなる連作「白い馬の見える風景」で、中でも「緑響く」は代表作となりました。八ケ岳の御射鹿池をモチーフに、白馬がゆっくり右から左へと移動していく様子を描いています。
「あるとき、ふと大好きなモーツァルトのピアノ協奏曲第23番が流れてきた」という魁夷。穏やかで控えめな主題を奏でるピアノが白馬、それに応えるオーケストラが緑と青で仕上げた森といったところでしょうか。上下対称の構図はバランスのよい調和が感じられます。描き始めた年に親交の深かった川端康成が亡くなりました。悲しみや祈りの気持ちが本作を生むきっかけだったかもしれません。
「黄山雨過」は10年以上かけた奈良・唐招提寺御影堂障壁画の制作過程で描かれた準備作です。障壁画は、来日までに視力を失った鑑真和上のために日本の美しい風景を描いた1期、鑑真の故郷中国の風景を描いた2期に分けて発表されました。
2期の作品は水墨画でモノクロの世界を演出しています。「黄山雨過」は準備作のため、鉱石を細かく砕いた粒子を焦がした岩絵の具を使って描かれていて、よく見ると黒の中にも緑や青の色みが感じられます。
(聞き手・陣代雅子)
《長野県立美術館・東山魁夷館》長野市箱清水1の4の4(問い合わせは026・232・0052)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。500円。「緑響く」は6月1日まで、「黄山雨過」は3日から展示。原則(水)、年末年始休み。
学芸員・コレクション係長、上沢修 あげさわ・おさむ 中央大卒業、専修大学大学院文学研究科修士課程修了。長野県坂城町鉄の展示館勤務を経て2016年4月から勤務。 |