首都圏周辺のご当地キャラクターを紹介する「ご当地キャラ大集合」。第5回は神奈川県箱根町・強羅の「ごうらん」です。
箱根は年間約2100万人の観光客数を誇る国内有数の観光地です。小田急電鉄の特急ロマンスカーで新宿駅から箱根湯本駅まで約70分とアクセスも良く、2018年3月17日から新型の特急ロマンスカー「70000形」が走行を始めました。1957年登場の初代(3000形)から数えて9代目になります。
約40万年前から続く箱根火山の活動によって、アルカリ性単純温泉や食塩泉(ナトリウム塩化物泉)、石膏(せっこう)泉(カルシウム硫酸泉)などさまざまな泉質の温泉に恵まれました。江戸時代には湯本、塔之沢、宮ノ下、堂ケ島、底倉、木賀、芦之湯をあわせて「箱根七湯」と呼び、東海道を行き来する旅人が疲れを取りに訪れる温泉街としてにぎわいました。なかでも湯本は最も古く、738(天平10)年の開湯と伝えられています。明治時代には小涌谷、姥子、湯ノ花沢、仙石原などを加えた十二湯となり、強羅など十七湯の時期を経て最後に早雲山、湖尻、大涌谷が追加され現在では「箱根二十湯」となりました。
箱根全山で湧き出る1日約2万5000トンの湯量や約400の宿泊施設、箱根登山鉄道、大涌谷や芦ノ湖の自然のなかを行き交うロープウェー、遊覧船、美術館や娯楽施設などが多くの人々を引き付けています。そんな多彩な魅力を持つ箱根には、それぞれのエリアや観光施設などを象徴するキャラクターが存在します。代表的なのは箱根ジオパークの「はこジ郎」や、温泉テーマパーク「箱根小涌園ユネッサン」の「ハコネコ ボザッピィ」、そして箱根強羅観光協会の「ごうらん」です。
「ごうらん」は強羅の初めてのご当地キャラクターです。強羅は「ごうら」と読み、岩がごろごろとした荒れ地だったことが地名の由来のひとつです。箱根町の中央部に位置し、1919(大正8)年の箱根登山鉄道の開通で箱根十七湯に加えられるようになりました。明治時代から戦前まで文人や実業家らの別荘地として栄え、歌人の斎藤茂吉も別荘を構えたうちのひとり。現在は保養所や旅館が立ち並ぶ温泉街として人気です。
ごうらんは中学生のイラストから生まれました。2013年、箱根強羅観光協会などが地元の中学校に夏休みの宿題としてキャラクター案を募集。同年秋、約200点から地元住民らの投票で、函嶺白百合学園中の女子生徒がパソコンで描いた作品が選ばれました。着ぐるみを発注し、翌年の5月に強羅駅前で公式のお披露目式が開催されました。
顔は夏の風物詩、明星ケ岳(標高923.9メートル)の「大文字焼」がモチーフで、ふんわりと広がる山裾をほっぺたにしました。衣装は温泉地をイメージした浴衣とはんてんを身につけています。大文字焼のある明星ケ岳は強羅のシンボルで、周辺の温泉の浴槽も入浴時に大文字焼が見られるように設計されているといいます。主な活動は週末に強羅駅前に立ち、観光客をお出迎えすること。毎年、夏休みのある8月と紅葉が見頃な11月の繁忙期は、駅でケーブルカーを待つ観光客が長蛇の列を作ります。ごうらんは記念撮影や握手をすることで、待機中の観光客を和ませます。春は桜の開花を喜び、じきに旬を迎えるアジサイを眺める箱根登山電車「あじさい電車」のオープニングイベントへ出席し、夏は明星ケ岳の大文字焼を盛り上げ、秋は箱根美術館の紅葉をともに楽しみ、冬は箱根駅伝を応援。強羅を含む箱根全山の四季に寄り添っています。
ごうらんの写真撮影を担当する、箱根強羅観光協会の嶋陽一さんは「キャラクターのなかでも、癒やし系では一番だろうと思います」と太鼓判です。今後も様々な活動を通して、箱根の温泉のように訪れる人々の気持ちを温めてくれる存在になるでしょう。
(大野紗弥佳)
箱根ジオパークと「はこジ郎」
ジオパークとは、地球の活動(火山など)とそこに住む動植物、そして、歴史や文化の面から見た私たちの暮らしとの関わりについて楽しく学び、体験することができる「大地の公園」のこと。
箱根ジオパークは箱根火山をテーマとして神奈川県西地域の2市3町(小田原市、箱根町、真鶴町、湯河原町、南足柄市)で構成されています。
「はこジ郎」は箱根ジオパークの公式マスコットキャラクター。大涌谷の黒たまごと昆布のおにぎりが大好き。青々としたコケをイメージした緑色の笠をかぶり、小田原染めの着物を着ています。箱根旧街道の石畳でも滑らない先祖代々のわらじで「岩場も海岸もひとっとび!」。
箱根町 データ ・1956年9月 湯本町、温泉村、箱根町、宮城野村、仙石原村が合併し、現在の箱根町が誕生 ・町ゆかりの著名人 |
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