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岩下尚史さん
東京吉兆本店 ふきよせ弁当

岩下尚史さん

 東京新橋組合主催の「東をどり」も、次回で100回を重ねられるそうです。私が勤めていた新橋演舞場は、新橋芸妓の稽古の成果を披露する場として1925年に開場し、第1回東をどりで幕を開けました。
 新橋演舞場の当時の社長から東をどりの制作を命じられたのは、私が20代の頃でした。まだ明治生まれの名妓が健在で、舞踊のお家元や人間国宝の邦楽の先生たちの意見との調整交渉にあたりましたから、若造だった私は必死でした。空理空論の通用しない、きわめて現実的で、しかも、きれいごとでなくてはならぬという、一流の花柳界の心得を仕込まれたのは幸せでした。
 達人たちの思惑が昇華され、めでたく初日を迎えると、吉兆さんから「ふきよせ弁当」の陣中見舞いが届くのが当時の私の楽しみでした。
 吉兆の初代は高名な数寄者でした。お茶人の心得として、衣服をよごさぬように、箸でつまみやすいようにと、このお弁当にも吟味が届いています。ちらし寿司の上にのる煮穴子や卵焼きなどの具も、非常に食べやすい寸法です。いろどりも味もよく、煮方や切り方など、小さな箱の中にたくさんの工夫が詰まっています。しかも悪く気取らない、私などにはありがたいお弁当です。

(聞き手・中村さやか)

 ◆公式ホームページ(https://online.tokyo-kitcho.com/)で4320円(別途送料)で販売。日本橋高島屋S.C.本館地下1階の東京吉兆でも取り扱い(3780円、受取日を除く3日前の午後3時までの予約を推奨)。東京吉兆本店(☎03・3541・8228)。


  いわした・ひさふみ 作家。1961年熊本県生まれ。新橋演舞場の企画室長として「東をどり」の制作を担当し、退社後の2006年に著した「芸者論 神々に扮することを忘れた日本人」(雄山閣)で第20回和辻哲郎文化賞を受賞。国学院大学客員教授。「5時に夢中!」(TOKYO MX)に火曜レギュラーとして出演中。

 

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