「中華そば紅蘭(こう・らん)」の中華そば 「ふるさとの思い出の味を食べたい。一緒に行く?」。5年ほど前にコンサートで山口県を訪れたとき、山口出身のマネジャー・山本さんがそう言って、連れて行ってくれました。
LUMINEをはじめ多くの企業広告を手掛け、朝日広告賞グランプリにも輝いたコピーライターの尾形真理子さん。1時間のオンライン取材をほとんどノーカットでお届けします。(聞き手・島貫柚子)
――まるはらの鮎魚醤を知ったきっかけを教えてください。
友人にもらったという、なんとも主体的な探究心のない出会いですね。2年前ぐらいでしょうか。ご本人がものすごく感激して、「おいしいものが好きな人は喜ぶんじゃないか」ということで皆さんに配っていました。その友人たぶん、今まで100本ぐらい買ってるんだろうな。
――100本。そんなにお好きなんですね。尾形さんの博報堂時代からのお知り合いでしょうか。
20年来の仲ですね。お互いに新人の頃から知っているんです。映像制作のお仕事をされていて、監督とかいろんな方とご飯を食べに行く交流が多いから、食いしん坊になって見つけたんだと思うんですよね。
――はじめて食べたとき、どう思われましたか。
島貫さん食べたことあります?
――1本買ってみまして、いただきました。おいしかったです。
そうですね。でも、なんとも説明のしようがないというか、鮎魚醤について言語化するなんて自分で非常にハードルを上げてしまったなと思います。「なんにでもおいしいよ」っていう風に薦められて、最初はシンプルにお豆腐にかけてみました。かけてみたら冷や奴が素材から、すごい手の込んだお料理になったみたいな。そういう格上げにびっくりして。そんなに複雑なものものでもないのに、この体験はなんだろうなと。鮎って食べたことはあるけど、秋刀魚みたいにすぐ思い出せる味でもないというか。日本人に馴染みが深いけど、日常の中にあるものじゃないからなのか、なんのおいしさなのか一瞬わからない、ミステリアスな感じだけど深みがある。ちなみに薦めてくれた友人は、「卵がけご飯に最高だ」って言っていました。
――卵かけごはん×鮎魚醤、試したことはありますか。
試しました。美味しかったですけど、やっぱり冷や奴の方がびっくりしましたかね。完全に別物でした。いつも食べてるお豆腐が、別の何かに、冷奴Zみたいな別の料理になった感じにびっくりしました。初めは薬味なしでしたが、ねぎとかアサツキとかと一緒でもおいしいなということは発見しました。厚揚げもばっちり格上げでした。
ポテトサラダ×鮎魚醬、であいもの認定します
――ほかに試して良かったメニューは。
わりとなんでもいけちゃうんですけど、なんだろうなぁ。これはいけると思ったのが、ポテトサラダ。マヨネーズの代わりに鮎魚醤を使うとおいしかったです。鮎とビールって、「であいもの」って言いますよね。平安時代だか分からないですけど、だいぶ昔から日本で食べてきた鮎と、江戸後期に西洋から入ってきたビールとが出会ったら、すごい最高の組み合わせになったみたいな。その感じを私も楽しもうと思って、いろんな食材と鮎魚醤を出会わせるというのが自分のなかで結構楽しいですね。そういう意味で鮎魚醤っていうのは、面白い調味料なのかなと思っています。
――魚醬バージョンのポテトサラダ。詳しく教えてください。
ジャガイモをふかして細かく砕いて、オリーブオイルと鮎魚醬を入れて、滑らかにします。きゅうりと玉ねぎを塩もみしたものと、あと炒めたベーコンと半熟卵ですね。ポテトサラダって味の深みを出すのが結構難しいと思っていて。どこでも食べられるメニューだけど、おいしいとイマイチの差が付きやすいメニューというか。コンデンスミルク入れたり、お砂糖入れたりとか、マヨネーズの量が多くしたりとかいろいろ工夫をして味の奥行きみたいなもの出していると思うんですけど、そんなことしなくても、鮎魚醤は得体の知れない深みがあるものなので、簡単に奥行きが出ました。私はマヨネーズより鮎魚醤でもいいかなっていうぐらいおいしいと思いましたが、生産者の方からすると正しい使い方なのかどうかは分からないですね。
白いご飯に合うとか、お豆腐に合うとか、要は鮎魚醤を受け止めるお皿を何にするのか。炒め物とかにも使いますけど、そうすると主役にはならないから、鮎魚醤を主役にしたメニューを考えるみたいな思考が自分の中にあるから、ポテトサラダとかが出てくるのかもしれないです。
――ということは、日常的に食卓で使われている?
そうですね。おひたしとか結構多用しています。でもやっぱりポテサラ的な、「であいもの認定」していいんじゃないかみたいなものを見つけるのは面白いけど、そんなに数があるわけでもない。卵焼きとかにかけてもおいしいけど、これは「であいもの認定」とまでは行けないなみたいな。だし巻きと同じ発想だな、ビールと鮎ぐらいの意外性はないから「であいもの認定」するのはやめよう。って感じで、自分の中で勝手に遊んでます。
――いいですね、楽しそうな。若干お話がそれてしまうんですが、尾形さんの今までインタビューを拝見していると、本当に良いと思えるキャッチコピーっていうのは、やっぱりなかなか出てこないとか。「であいもの」探しの難しさと、よいコピーを生む難しさ、なにか近いものはあるでしょうか。
ああ、そんなこと考えたこともなかった。なんだろうな。やっぱり、いいコピーはなにか驚きがあるというか。どこかで驚きがあるものの方が私はいいコピーだと思っていて。そこに発見があったり、知ってることでも何かそういうふうに言われることで新鮮に感じたりとか、印象が変わったりみたいな。なんの驚きもないと「当たり前のことを、当たり前に言われても」っていう感じがするので、そういう意味ではなにか近いかもしれない。奇をてらうものじゃなくて、すごく身近なところで「こういう組み合わせもあるんだ」とか、「こういう味の広がりがあるんだ」みたいな、足元にあることで発見できると喜びを感じるタイプではあります。
――ありがとうございます。また過去のインタビューからの質問ですが、くだらないことを「もぐもぐ」考えるとか。考える副詞に「もぐもぐ」って初めて聞いたので、尾形さんは食べること自体、なかなかお好きなのかなと想像しました。
もちろん食べることも好きですし、自分に取り入れるというか。知らないこととか、自分の中にない感覚とかを。単純にwikipediaをどこまでもたどれるタイプの人間ではあるんですけど。知らないものって言い方はあれだけど、そういうものと出会える、それを自分で咀嚼してみることが好きなタイプ。そういう意味では、おいしいものをいただくっていうのも、そこに出会いの楽しさみたいなものがあるとより盛り上がる感じはありますね。そう言うとゲテモノ好きみたいに聞こえるけど、奇をてらった料理をするタイプではないんですよね。ナンプラーでアジア風肉じゃがを作ってみようとかっていうタイプではないです。
――普段よく作られるお料理はどんなものがありますか。
毎日のように作るのはお味噌汁ですかね。それを料理と言っていいのかな。
――いやいや、お味噌汁は奥が深いですよね。具を変えるといくらでもバリエーションがありますし。
そうですね。定番のわかめとお豆腐とか、なめことか。スーパーで売ってる千切りキャベツってありますよね。野菜を採りたいなと思うと、そういう手軽なものと、冷凍しているほうれん草と合わせて作ることもあります。気持ちに余裕があるとアボガドで作ってみるとか。結構おいしいですよ。そのときは玉ねぎとアボガドを合わせました。なんだろうな。定型の中での発見みたいなものが結構好きなのかもしれない。
主役調味料、格上げ調味料、セレブ調味料
――探究という感じですかね。そういう遊びは、なんかすごく楽しそうです。
そうですね。何て言うんだろうな。フィールドから発見しようとすると思うと、素人の手に負えないっていうか。創作料理を作るっていうことはないんですけど、フィールドの中で楽しむっていう。新しい楽器は作れないけど、ある楽器の中で色んな曲を弾いてみるみたいな。そういう楽しみ方をするかもしれないです。すごいな。まさか鮎魚醬からこんな話になるとは。
――お味噌汁に鮎魚醤を入れてみたことはありますか。
一回入れてみました。もちろんおいしいんですけど、やっぱお味噌汁ってもうおいしいから、プラスアルファの部分でおいしくなってても、ちょっともったいないなあって思っちゃって。ほら、お値段はかわいくないじゃないですか。
――たしかに、かわいくはないかも。
鮎魚醤を主役にするなら、おすましとかで使った方が活躍できるだろうなっていう。お味噌汁はもったいないので使うのはもうやめました。でも丁寧に作られているから、きっと安くはできないんでしょうね。生産者さんも大変ですよね。こんなに世の中の物価が変わっちゃうと。
――もともと気に入ったものは、好きになったものはリピートする方ですか。
もうその通りですね。だけど突然飽きてしまうことも。
――ということは、魚醬は結構ハマってる方なんでしょうか。
そうですね。だから、定番調味料になりました。
――外食より自炊のほうがお好きでしょうか。
仕事柄、食事を伴う仕事が多いんですけど、コロナ禍を経てっていうことと、まあその前に博報堂を辞めて自分で事務所を作ったときに、ランチは自分で作りたいなって思いました。コピーライターの事務所にキッチンはいらないんですけど、キッチンがある所にしたんですよね。朝昼晩なにかしらで、自分が作ったものを食べることがほとんどですね。
――そうなんですね。ちなみに尾形さん、お酒は飲まれますか。お酒のおつまみを魚醬を使ってみたっていうことはあるのかなと。
飲みますね。先ほどの冷や奴Zは、多分もう日本酒とか飲んでいたときじゃないですかね。
――まるはらさんの公式のホームページを見たところ、引き算も足し算もできるというフレーズを見つけました。キャッチコピー的だなあと思いましたが、このあたりどう思われますか。
それについては私もお話ししてみたかったところで。正直、全然わからないんです。たぶんそこまで舌の精密さがないというか。ナンプラーもそうですけど、魚醤って独特のクセがあるものなのに、鮎魚醤はわりとないっていうのはわかるんですね。でも、なにかのえぐみを消すみたいな事があんまり実感値としては、引き算がピンと来てないので、まだまだだなって思っています。たとえば、独特のえぐみがある鱈ちりみたいなお鍋にも合うは合うと思いますね。それがひき算ゆえの合い方なのかどうかっていうのは、わかってないですね。鮎魚醬エントリー層です。
――調味料に使う表現として、「隠し味」などあると思いますが、鮎魚醤はどういう言葉が合うと思いますか。
私は、主役調味料という位置づけです。それか、格上げ調味料とか。
――格上げ調味料。いい響きですね。確かにお豆腐が格上げされましたもんね。
そうなんですよ。私の中ではわりと、セレブ調味料でもありますね。
――そうなんですね。前職とはいえ、博報堂のイメージから、結構いいものを使ってらっしゃるのかなと思ったら、金銭感覚が近くてちょっと嬉しくなりました。
たしかに時間の感覚とお金の感覚みたいなものが、多少ずれてる業界というイメージがあると思うんですけど、私は割とびっくりされることが多いですね。「普通でがっかりした」とか言われます。
――私は取材させていただけて、かなり感動しています。LUMINEの広告とかをエスカレーター横で見るお客さんAでしかないので。
「これにはもったいない」「これなら高くないんじゃないか」とか、いちいち考えている本当に普通の感覚ですよ。そこも考えるのも、ちょっと楽しいのかもしれないですね。「イベント」まで言うと言葉が大きすぎる気がするんですけど、「プラスオンの楽しみ」っていうのが入ってる。味だけじゃなく、「思いがけない出会い」とか「発見する楽しみ」みたいなもんがこの値段に入っているという。……マッチングアプリ的な事を言ってしまいました。
――今後、鮎魚醤と組み合わせてみたい食材はありますか。
無塩バターとかおいしそうな気もしますね。あとはグラタンで使ってみるとか。おいしそうなのは予想はついてるんですけど、「であいもの」になるかなっていうのがなんとなく確信が持てなくて、今のところはやってないです。シンプルに出会えるのがやっぱ感動が大きいですよね。
――そうですね。あんまり考えつくして出会うよりも、普通のものとの相性がいい方が感動的ですよね。お仕事の方に話が逸れますが、キャッチコピーは実体験で書かれているんでしょうか。もしくは日常の中でふと思いつくようなものなんでしょうか。
広告で伝えるべきターゲットと自分が近い場合は、割と自分と重ねて考えるっていうこともありますけど、ほとんどの仕事はそうとは限りません。「世の中を見る」っていうふうに言っちゃうと、すごいざっくりしちゃいますけど、周りの人、ネットで拾ったり、テレビや新聞からの情報など、自分の見えるものからの寄せ集めで思考をしているっていう感じですね。作家タイプではまったくないです。自分から湧き上がるものなど何もないっていう。
――でも、「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」「隣人の愛を知れ」など小説もお書きになっていますよね。
仕事柄なのかもしれないけど、物語を作るときって頭で一旦映像化してるんですよね。そこにはこういう人がいて、この人はこういう性格みたいなことを立ち上がらせるために一旦自分の頭の中で映像化して筋を組み立てる。それをしながら考えながら書くっていうのが多いんですけど、そうなると最初に書く原稿っていうのが全然小説になっていなくて。絵コンテのト書きみたいな。一旦それを作ってから読みものにしていこうっていう作業の仕方をしています。だから読んでもまったくおもしろくないし、出口がどこにあるのかも、自分でわかってないんです。ちゃんと自分の中から書くものがある方はたぶん、最初から小説を書いていけるんだと想像しています。
小説なりコピーなり、それを表現者というふうに言うのであれば、私はわりと「代弁者」に近い表現なんですよね。基本的にはやっぱり匿名性の高い仕事というか、みなさんには企業のコピーとして私が書いた言葉を見ていただいていますが、別に尾形真理子の人格として何かを言っているわけではないんですね。この仕事を20年以上やっちゃってるから、おかしな癖みたいなものはついちゃってるんだと思いますね。
――おかしな癖?
考えている時間は多いのに、自分については考える時間が少ないっていうことですかね。自分のことはあんまり深掘りしない。なんでいきなり昼間からこんな深い話になってしまったんだろう。
――私の解釈が合ってるか分からないんですけど、クライアントの気持ちを代弁していることは、尾形さんが純粋に尾形さんである時間、そこに使う時間が減っていくみたいなイメージでしょうか。
やっぱり、商品やターゲットとなる誰かのことを考えている時間の方が圧倒的に長いです。その差異から自分を知るというのはあります。もちろん自分の中の知らない感覚を言葉で表現することはできないですけど、なにかあったときに、「よし、これコピーに使えるな」みたいなこともないですね。
――ネタをストックしているわけじゃないんですね。
ですね。「試着室で誰かを思い出して」はないですね。
先に言葉を決めちゃうと、言葉以上のものに行かない
――尾形さんのコピー、いつも本当にささるんです。ストレートに共感するのもあれば、どういうことなんだろう?って考えさせられるものもある。でもどちらにしても毎回感動しますね。エスカレーターに乗っている瞬間に。
いやいや。ご利用ありがとうございます。商品なりブランドなりがお客様と接点をもつ時間になればいいっていうのが役割なので、ダイレクトな共感に走ることもあれば、これ、何言われてんの?みたいな違和感を期待することもあるし。まあ、いつも真正面から好き好き言っててもね、うるさいって思われちゃうので。
――でも本当に、好きの言い回しがこんなにあるのかって思いますね。
もう手を変え、品を変え、必死です。
――たとえばLUMINEの広告って、モデルさんのポージングがあると思いますが、撮影の段階から尾形さんのキャッチコピーのイメージを反映しているんでしょうか。
結構驚かれるんですけど、写真を撮ってもまだコピーを考えてないんですよ。考えてない、は嘘ですね。考えてるけど決めていない。すごい現場を信頼していただいていて、最後の最後でコピーは決めます。だけど別に言葉がどうであれ、こういう方向で狙いたいみたいなことはカメラマン、デザイナーなどチームと共有できているので。先に言葉を決めちゃうと、言葉以上のものに行かないっていう感じもあって。コピーライターのくせにコピーを書かないっていう。もちろん仕事によっては、先にコピーを握ってそこから設計していくっていう仕事も多いですが。
――コピーを思いつかなくて困るなんて状況は、あまりないですか。
めっちゃ、毎回そうですよ。もうみんなに平謝りで、「ごめんなさい」みたいな。
――あれこれやってるうちに、パッとひらめくんですか。
いやあ……。ひらめくという感覚はなくて。なんだろうな。最後の最後、「まあ、これなら届くかもしれない」っていうところにたどり着く。そう思えるまでは書き続けるしかなくて。どこまで届くかっていうのは、やっぱり出てみないと。プロとしてはお恥ずかしい話ですが、分かりきらないものです。たとえば彼氏とケンカした後に見た時と、すごいラッキーなことがあった後に見た時だと、たぶん言葉の受け取り方が違うというか。最初に見たときは、「なんじゃこりゃ」と思っても、1ヶ月後に見たら「なんか悪くない気がする」って思うかもしれない。その逆も然りで。目にする人の気持ちを想像はもちろんしますけど、そこまではたどれないというか。わかり得ないものだっていう前提でいつも迷いながら書いています。
――メッセージ性が強いので、まさか迷いがあったとは。自信を持って生まれてきたんだと思っていました。
自信満々で誕生しているように見えても、全然ですね。ウジウジしながら最後まで大丈夫ですか?大丈夫ですか?これどうですか?あなたと繋がる場所はありますか?みたいな気持ちで。街で偶然見かけたポスターに、小さな驚きがあることを願って。
そういう意味でも鮎の「であいもの」っていう考え方というか、その言葉はすごく好きで。これとこれがであったら、ビールも余計おいしいし鮎も余計おいしく感じるみたいな。そういう幸せな出会いみたいなものに感激するタイプなんでしょうね。
――でも、すごく尾形さんに親近感が湧いた取材でした。
いやいや。もう本当に、普通にお会いしたら、友達だったっけ?みたいなぐらいですよ。
尾形真理子(おがた・まりこ)
コピーライター、クリエーティブディレクター。1978年東京都生まれ。LUMINEをはじめ多くの企業広告を手がける。朝日広告賞、TCC賞など多数受賞。「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」「隣人の愛を知れ」(幻冬舎)など小説も執筆する。
合名会社まるはら
大分県日田市中本町5の4(電話0973・23・4145)。200㎖1674円。オンラインショップでも購入可。