読んでたのしい、当たってうれしい。

私の描くグッとムービー

【SP】南海キャンディーズ・しずちゃん×「ネバーエンディング・ストーリー」

拝啓ロックバイターさま あなたがいてくれたから 

 白いフリルのブラウスに赤いスカーフがトレードマークのお笑い芸人、南海キャンディーズ・しずちゃん。2004年のM-1グランプリ決勝、「しずちゃん、小学校の時のあだ名教えてよ~」「しゃべる岩」「子どもって時に残酷よね~」の衝撃は忘れられませんが、このセリフの誕生には映画「ネバーエンディング・ストーリー」(1984年、ウォルフガング・ペーターゼン監督)に関わる裏話があるようです。7月21日付け朝日新聞紙面「私の描くグッとムービー」欄に収めきれなかったエピソードをお届けします。(聞き手・千葉菜々)

 

 

 ――「ネバーエンディング・ストーリー」はどんなストーリーなのでしょうか。

 

  小学校低学年くらいの少年・バスチアンが学校でいじめを受けていて、お母さんも亡くなって、人生つらいなみたいなことになっていて。で、ある時古本屋に行ったら、店主のおじさんがすごく厚い「ネバーエンディング・ストーリー」っていう本を読んでいて、「子どもは読んだらいけないよ」ってめっちゃ言うんです。まあ、おじさんはバスチアンにこれを読ませたくて、わざと言ったんですけど。その後、おじさんが電話でその場を離れた時に、バスチアンはやっぱりその本が気になって持ち出します。

 で、いざ読み始めたら、本の中の冒険に実体験のような感覚でのめり込んじゃうんですよ。冒険のストーリーは、このままだと潰れてしまう町を救うために勇者となる少年・アトレイユが戦うっていうものなんですけど、冒険の間にいくつか関門があるんですよね。自分を疑う心が少しでもあるとレーザービームで焼かれて死ぬとか、悲しみに負けると底なし沼に沈んでしまうとか。子どもの頃に見て、すっごい怖かった記憶があります。

 それで、最後の関門が物語の世界の王女に人間界の名前を付けるっていうもので。本の中では、「人間界の力が必要だ」ってなって、本を読んでいるバスチアンに問いかけるんです。最後の方は本の中と外がシンクロしてつながっている感じになるんですよね。バスチアンはどきっとしながらも勇気を出して、お母さんの名前を叫ぶんです。そしたら、本の中の世界に平和が訪れるっていう。

 なんか、この映画、本の中の世界が本を読む少年に勇気を持とうって問いかけるんですけど、さらに映画を見ている人たちにも問いかける雰囲気があるんですよ。だから、自分ももっと希望を持って頑張ろうって、思わせてもらえるんです。

 すごく単純な子ども向けな話でもあるけど、大人になってから見ると、実は大人向けでもあるんや、って気付きました。精神面での戦いばかりなところだったり、こっちにも問いかけてくる感じだったり。

  

 ――「ネバーエンディング・ストーリー」に出会ったきっかけは何ですか。

 

 小学校に上がるか上がらないかくらいの時、家で初めて見ました。きっかけは完全に親です。親がホラー映画が好きで。「13日の金曜日」とか「エイリアン」とか「ゴジラ」とか。「ネバーエンディング・ストーリー」もそのうちの一つですね。

 

 ――色々な映画を見られていたんですね。そのなかで今回「ネバーエンディング・ストーリー」を選ばれたのはなぜですか。

 

 イラストに描いた岩を食べるお化け「ロックバイター」に思い入れがあるのもあるし、なによりこの世界観がすごく好きで。日常生活の中から急に違和感が出てくるみたいな。絵本の中に入るとか、押し入れのシミに入っていくとか。

 子どもの頃に読んだ本だと「おしいれのぼうけん」、高校生や短大生の時には「ジョジョの奇妙な冒険」、あとは「不思議な国のアリス」とかがすごく好きです。小学校の卒業文集では、ファミコンのスーパーマリオの中に自分が入って冒険するみたいなやつを書いたこともありました。今も、自分の好きな世界観である「ちょっと気持ち悪いけどなんだか引かれるもの」を絵に描きます。

 

 

 ――ロックバイターに思い入れがあるというのは?

 

 ロックバイターは本の中の世界にいる化け物なんです。「最近は岩の質が悪い」とか言いながら岩を食べています。初めて映画を見た子どもの頃も、色々な生き物が登場するなかで、ロックバイターはやっぱり印象的でした。気持ち悪いけど、怖くもなくて悪者でもありません。

 で、大人になって南海キャンディーズを組んで。ネタのなかで山ちゃんが私のことを色々例えるんです。そのうちの一つがロックバイターでした。山ちゃんのなかに「しずちゃん」というキャラクターが不思議な世界にいそうな化け物的な生き物っていうイメージがあったんです。ちょっとこう、男でも女でもない不思議な生命体みたいな。自分ではあんまりそのつもりはなかったんですけどね。ロックバイターをイメージしてしずちゃんになったわけじゃないですよ(笑)。

 思春期の頃、中学生くらいの時、クラスメートから「岩石女」って言われたりしていたんですよ。岩というものに例えられることがその当時はすごく嫌でした。でも、そのつらさがお笑いになって昇華できましたね。お笑いをやっていなかったらただの嫌な思い出だったと思います。でも、その悔しさとか、この人らを見返すぞとかいう気持ちが、お笑いを始めた当初のモチベーションでした。それに、今もこのエピソードをネタとしてしゃべります。あの時のつらさはなかったことにはならないけど、逆に考えるとこの経験をしてよかったなって思います。

 

 ――イラストには、ロックバイターとその隣にご本人が描かれていますね。

 

 ロックバイターを描いたのは初めてでした。描いたら楽しそうやなと思って。実際のロックバイターは真っ黒のような灰色のような色だけれど、イラストには色鉛筆で紫や赤や青や黄色などたくさんの色を入れています。昔から、それの色でない色を使って絵を描くのが好きでなんです。これが自分らしさというか、こだわりというか。

 隣にいる私は「一緒やね」という表情です。ロックバイターってめちゃくちゃ大きいんですよ。人間はロックバイターの足の指くらいのサイズ。だから、イラストのなかの私も相当大きいんですよね。今になって、というか岩に例えられるようになってから、ロックバイターに親しみを感じます。中学時代はあんなに嫌だったけれど、今「よくあなたに例えてもらったよ」と穏やかな気持ちです。

 

 ――中学時代の経験は今も仕事の原動力になっていますか。

 

  「くそっ!見返す!」っていう気持ちは落ち着きました。一回ある程度見返せた気になったので、勝手に(笑)。

 有名になりたくて始めたお笑いは、売れていない人が急に売れるきっかけになるかもしれない大会・M-1に夢を感じてからは、これに照準を合わせてやっていました。ボクシングも最初は趣味とかダイエットとかでしたけど、オリンピックという目標ができてからはそれしかなかった。「大会」という明確な目標のために頑張っていたんです。

 でも、今は仕事が楽しくて、こんなに楽しい場所をなくしたくないという思いと、やっぱり自分自身ももっと成長していきたいという思いが原動力です。M-1にもオリンピックにももう出場できなくなって考え方が変わっていきました。

 

 ――今後の目標はありますか。

 

 絵で言えば、8月に浦和でやらせていただく個展です。今年の5月に初めて個展をやらせていただいて、すごく最高の場所で、こんなにいいことないなって。そこで色々な人に絵を見てもらう喜びを知ったし、もっと見てほしいなっていう欲も出てきました。なので、まずは8月に向けて、そしてさらにその次に向けて、っていう風につなげていきたいなあって思っています。

 あとはやっぱり、自分の基礎基盤である漫才は続けます。舞台の上に立つっていうのをやめてしまったらもう終わりだなと思うので、それは続けたいなって。漫才がなかったら今の自分はないので、やっていないとすごく不安になるっていうか。

 芸人らしいことは仕事としては少ないんですけど、でもやっぱり芸人であると言いたい自分がいる。漫才をあんまりやっていない時期もありましたし、めちゃくちゃ頻度は少ないけど、続けてはいるんです。

 だから、芸人としての目標はやっぱり、南海キャンディーズとして漫才をもっとやりたい、っていうことですかね。今年で結成20周年っていうのもありますしね。ネタをやりたいです。「やらなきゃ」っていうのも変な言い方かもしれないけど、でも「やらなきゃ」っていう感じです。山ちゃんもすごい忙しいし、コンビでネタに時間を取るのも簡単ではない。だけど、やったらやっぱり「やって良かった」って絶対なるんですよね。お客さんに喜んでもらえたらすごくうれしいし、自分たちにとっても逃げたらあかんなというか。

 新たに何かを始めようというよりは、ネタとか絵とかお芝居とか、今までやってきたものを深めていけたらなって思っています。

 

 

ネバーエンディング・ストーリー

監督=ウォルフガング・ペーターゼン

原作=ミヒャエル・エンデ

出演=バレット・オリバー、ノア・ハザウェイほか

 

 

南海キャンディーズ しずちゃん

お笑い芸人。2003年に山里亮太と「南海キャンディーズ」結成。今年5月銀座三越にて、初の個展「しずちゃんの、創造と破壊 展」を開催。8月2日(水)〜14日(月)には伊勢丹浦和店(埼玉県)にて開催予定。エッセー「5000グラムで生まれた女のちょっと気ままなお話」(ヨシモトブックス)が、8月2日(水)に発売予定。

 

  

取材後記

拝啓しずちゃん あなたが大好きです

 皆さんには、自分のお手本のような、憧れのような、同志のような……言葉では言い尽くせないけれど、「とにかく、ありがとう!」と伝えたくなる人はいますか。私にとってはしずちゃんがその人です。2003年に南海キャンディーズを結成し、翌年にはM-1決勝に進んだ南海キャンディーズ。2001年生まれの私にとって、初めて認識したお笑い芸人のうちの1組です。なかでもしずちゃんは、山ちゃんのイメージの通り「女性だけど女性っぽくない、というか人間だけど人間っぽくない」という印象があり、幼いときからその不思議な雰囲気が大好きでした。漫才冒頭、山ちゃんの「セクシー過ぎてごめんなさいねえ~」で、「セクシー」という言葉を生まれて初めて知り、「しずちゃんの、少しかがみながらヒザに片手をついてこちらを見つめるポーズと拳銃を撃つ動きが『セクシー』なんだ!」と学習した記憶があります。

 ところが、あるとき、しずちゃんは映画に出演していました。しかも、メインキャラクター。「え!」という感じです。あの「セクシー」で面白くて、山ちゃんの隣にいるふりふりブラウスのしずちゃんが、ハワイアンズでフラダンスを踊っていました。「しずちゃん、お芝居もするんだなあ」。

 と思っていたら、しずちゃんはボクシングを始めていました。それも、オリンピックを目指しているようです。またまた、「え!」です。テレビで紹介されるしずちゃんは、いつも追い込まれた表情で、汗だくで、トレーナーのミットにパンチを入れています。少し前まで福島でダンサーを目指していた少女が、リングの中で汗だか涙だかよくわからない液体で顔をぐちゃぐちゃにしながら戦っていました。

 そして、今年の5月。しずちゃんは個展を開いていました。今度は「絵!」です(下手なダジャレですみません……)。もう、しずちゃんが何をしても、何になっても驚きません。芸人でも俳優でもフラダンサーでもボクサーでも画家でも!芸人のしずちゃんが大好きだった私は、いつのまにか芸人だけど何にでもなれるしずちゃんが大好きになっていました。こんなにも別々の肩書のすべてにマックスを出す人をほかに見たことがありません。格好よすぎます。だから、しずちゃんは私のお手本であり、憧れであり、同志のような存在なのです。しずちゃんを見ていると勇気が出てきて、頑張ろうと思えます。ちょうどしずちゃんが「ネバーエンディング・ストーリー」を見て勇気が出るように。そしてしずちゃんに、「とにかく、ありがとう!」と思っています、勝手に。

 取材では、貴重な話を伺いながらも、10分に1回くらい「大好き」があふれるタイムと感動でどうしようもないタイムが交互にやってきて、自分でも自分の情緒が面白かったです。記事を通して、しずちゃんの、そして南海キャンディーズの止めどない魅力をお伝えできていましたら幸いです。

(千葉菜々)

(記事・画像の無断転載・複製を禁じます。すべての情報は公開時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

私の描くグッとムービーの新着記事

新着コラム