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牛の博物館

魂を天まで運ぶ 水牛への信仰

牛の博物館
インドネシアの民族トラジャのひつぎ。右の水牛形は男性用、縦260×幅50×高さ48センチ。左は女性用の豚形、縦248×幅50×高さ54センチ。いずれもパンノキ
牛の博物館 牛の博物館

 岩手特産の「前沢牛」の知名度向上を図るため1995年に設立された当館は、牛に関する多方面の資料を収集、展示しています。その中から牛にまつわる信仰を示す品を紹介します。

 水牛形のひつぎはインドネシア・スラウェシ島の山岳地帯に住む民族トラジャのものです。かつての王族や富裕層向けに一木造りで彫刻を施したぜいたくなつくりで、現地の職人に制作してもらいました。

 かの地では水牛の魂が人間の魂を天まで運んでくれると考えられていて、水牛を中心とした盛大な葬儀が今も行われます。香典代わりに水牛が贈られ、葬儀の後にはほふった水牛を分け合って食べます。これは貴重なたんぱく源を食すのを特別な機会に限り、むやみに食いつぶさないための知恵とも考えられます。

 香典代わりの水牛は毛色や角の大きさなど厳格に評価され、よい牛を持っていけば、よい遺産(おもに農地)を相続できます。そのため水牛に農耕や運搬作業はさせず大切に育てます。毛色は、白黒まだらの配色のバランスが良いものが珍重されるため、基本的には真っ黒な水牛ですが、ここではホルスタインのような外観の水牛が多くなっています。

 牛馬の守り神として猿の頭部や体の一部を牛馬舎にまつる「厩猿」という風習は、日本全国にみられました。目が正面についているサルで侵入者への威嚇を狙ったのかもしれませんし、陰陽五行説に基づくとも推察できます。

 ブームが起きたのは明治期のようです。猟銃の性能がよくなり、サルを捕獲しやすくなったからではと思います。しかし明治末期には狩猟のしすぎでサルが激減し、風習が衰退したようです。

(聞き手・鈴木麻純)


 《牛の博物館》 岩手県奥州市前沢南陣場103の1(電話0197・56・7666)午前9時半~午後5時(入館は30分前まで)。400円。月(祝・休の場合は翌日)休み。

かわだ・けいすけ

館長補佐 川田啓介

 かわだ・けいすけ 2020年から現職。開館時から学芸員として資料収集や企画展などを手がける。専門は家畜育種学。

(2021年8月24日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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