読んでたのしい、当たってうれしい。

ひとえきがたり

赤池駅(福岡県、平成筑豊鉄道伊田線)

「母」の味 厳しく、温かく

10年ぶりに訪れた天野さんに、谷本さんは「七夕さんのペースでいいから顔を見せんしゃい」
10年ぶりに訪れた天野さんに、谷本さんは「七夕さんのペースでいいから顔を見せんしゃい」
10年ぶりに訪れた天野さんに、谷本さんは「七夕さんのペースでいいから顔を見せんしゃい」 地図

 箸を休めていたら「こんくらい食べ切らんと!」と叱られた。地元の陶器、上野(あがの)焼の皿からあふれた直径25センチのミックス焼き。腹に収まらず困っていると「包んでやるけん、夜に食いない」。声の主は谷本智代子さん(70)。駅の中でお好み焼き店「美代」を営む。

 30歳の時、赤池町(現・福智町)内で開業した。1992年、駅舎の中に店を移転。2003年には平成筑豊鉄道から「名誉駅長」に任命された。

 朝は駅の掃除から。ホームをほうきで掃き、ベンチや自動販売機を丁寧に拭き上げる。移転した当時は「たばこの吸い殻にシンナーの袋が散らかっとった」。中高生に「親のすねかじりが何ばしよると?」と問いかけ、時には声を荒らげて叱ることも。怖くなかったんですかと聞くと、「ここは私の駅。親のつもりで接しているけん、何も怖くなか」。

 町内に住む会社員の天野克也さん(27)も、駅前で騒いで叱られたことがある。「注意ばされて。怖いお母さんみたいだった」。高校時代は週に1度通った店で、臨月を迎えた妻の智恵さん(28)と10年ぶりに肉玉スルメ焼きをほお張る。

 「友だちの兄ちゃんがおるったい」。天野さんが指さした壁には一面に常連客の写真。いつしか客が置いていくようになって、今では150枚ほどに。「子どもが生まれたら写真持って遊びに来んしゃい」と谷本さん。店の歴史に新しい1枚がもうすぐ加わる。

文 岡山朋代撮影 比田勝大直 

沿線ぶらり

 平成筑豊鉄道伊田線は、直方駅(福岡県直方市)と田川伊田駅(田川市)を結ぶ16.1キロ。

 直方駅から徒歩約15分の直方市石炭記念館(TEL0949・25・2243)は、1976年を最後に幕を閉じた筑豊炭田の歴史を後世に伝える資料館。実際に使われていた蒸気機関車、掘削用大型機械など約4千点が展示されている。100円。(月)休み。

 金田駅からバスで約20分のふるさと交流館日王(ひのう)の湯(TEL0947・48・3333)は、温泉や特産品販売コーナー、レストラン、宿泊室(料金別)などを備えた複合施設。600円。

 

 興味津々
ヒツジのレリーフ
 

 かまぼこ形の駅舎には「いい歌、いい町、いい自然。」の文字。旧赤池町は童謡「かもめの水兵さん」などを作曲した河村光陽の故郷だ。駅舎の改築費用の5分の3、約1500万円を住民が寄付し1996年に完成した。

(2015年1月20日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

ひとえきがたりの新着記事

新着コラム