築85年の木造平屋建ての駅舎。2時間に1本、1両編成の列車が発着するが、乗降客はまばらだ。改札口を通ると、切符売り場の木枠の小窓から、椅子に座った客の髪をカットする女性の姿が見えた。美容室えふ店主の山根圭子さん(55)。「入浴介助の仕事があるから、髪は短いほうがいいね」などと笑顔で語りかけながらてきぱきとハサミを入れていく。
店名の由来は、FIREの頭文字Fで、自分も周りの人も元気にという意味を込めた。山根さんは神戸で美容師として8年間勤めた後、郷里にUターンし、1988年に駅舎内で妹と美容室を始めた。地元の八頭(やず)町から「無人の駅舎を使ってくれないか」と打診されたのがきっかけ。賃貸料は無料だが、切符販売などの駅務をすることが条件だった。
鳥取県東部を走る若桜鉄道は前年の87年に旧国鉄若桜線を引き継ぎ、第三セクターとして開業した。沿線2町とともに、無人駅舎活用など、経営安定化の努力を続けている。同鉄道の山田和昭社長(51)は「美容室えふは、駅をにぎわいの場所にしてくれています」と話す。
客の中には、一人暮らしの人や家族に話せない悩みがある人もいて、山根さんとの会話を楽しみにしているという。「見た目も心もきれいになって元気を出してもらえたら」と山根さん。調髪を終えた常連客の角脇志津子さん(66)は「山根さんの人柄が好き」とすっきりした表情で店を後にした。
文 石井広子/撮影 桐本マチコ
若桜線は、郡家駅(鳥取県八頭町)と若桜駅(若桜町)を結ぶ9駅、19.2キロ。1日上下14本は郡家駅からJR因美線に直通し、鳥取駅まで乗り入れる。 八東駅から車で10分の金剛山清徳寺(TEL0858・84・3174)は真言宗高野派の寺院で、境内の巨木群は県指定天然記念物。7月5日~19日の午後8~10時、ヒメボタルの観賞会を開催。 若桜駅では11月までの第2、4(日)、展示用SLの圧縮空気による運転がある。C12型蒸気機関車につなげたトロッコに乗車体験できる。有料。問い合わせは若桜鉄道(0858・82・0919)。
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若桜鉄道の六つの木造駅舎や鉄橋など23カ所は、国の登録有形文化財。丹比駅の鉄柱には、戦前に設置されたという米国のカーネギー社製のレールが使われている=写真は1911年製の刻印入り。 |