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ひとえきがたり

港町(みなとちょう)駅
(神奈川県、京急大師線)

「十三番地」駅前でひらめいた

改札を出ると昭和の歌姫が笑顔で出迎えてくれる。北海道や九州から訪れるファンも
改札を出ると昭和の歌姫が笑顔で出迎えてくれる。北海道や九州から訪れるファンも
改札を出ると昭和の歌姫が笑顔で出迎えてくれる。北海道や九州から訪れるファンも 港町駅

 工業地帯を縫うようにして赤い電車が近づくと、ホームに昭和の歌姫、美空ひばりの「港町(みなとまち)十三番地」のメロディーが流れ出す。電車を待っていた初老の男性が鼻歌を重ねた。

 1932(昭和7)年、「コロムビア前駅」として開業した。ひばりが所属した日本コロムビアの川崎工場が駅前にあった。最盛時には3千人が働いたレコード工場から数々のヒット曲が生まれた。

 新曲の依頼を受けた作詞家の石本美由起さん(故人)が、駅に降りたのは57年のこと。改札を出て目に入った港町(みなとちょう)3番地という住所表記にひらめいたという。「にぎやかさを出すため『みなとまち』と読み方を変え、五七調で『十三番地』と続けたそうです」と長男の望美(のぞみ)さん(60)。船乗りの恋を歌った軽快なメロディーはその年の年間1位を記録した。

 昨年3月の駅舎改装に合わせて、曲がホームに流されるようになった。南口には等身大のひばりの写真。ブルーの衣装でマイクを握る歌姫は148センチと思いがけず小柄だ。「でも舞台では大きく見えるの」と近所に住む森幸子さん(78)。中学の頃からのひばりファンだ。写真のわきのボタンを押せば歌声が響く。「初めはうれしくて何度も押しちゃった」

 工場は2007年に閉鎖された。跡地では高層マンションが建設中だ。鼻歌を止めた男性が電車に乗り込む。「ちょっとコブシが足りないぞ」。胸の中でそっとひやかしてみた。

文 中村茉莉花撮影 馬田広亘 

沿線ぶらり

 京急大師線は川崎市の京急川崎駅~小島新田駅を結ぶ7駅、4.5キロ。1899(明治32)年、関東で初めて電車が運転された路線だ。

 川崎競馬場(TEL044・233・6701)は港町駅から徒歩3分。レースの歓声は駅のホームまで届く。鈴木町駅前にある味の素川崎工場の工場見学では、かつお節削り体験や「ほんだし」おにぎりの試食体験が人気(要予約、TEL0120・003476)。

 厄よけ大師として知られる川崎大師(TEL044・266・3420)は川崎大師駅から徒歩8分。年末年始は大勢の参拝者でにぎわう。

 

 興味津々
 
 

 改札内に展示された4枚のレコード歴史パネルは、日本コロムビア川崎工場で生産されたレコードや同工場の歴史を伝える。舟木一夫や美空ひばりらの懐かしいヒット曲から木村カエラらのポップスまで、色とりどりのジャケットが並ぶ。

(2014年8月19日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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