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ひとえきがたり

みなみ子宝温泉駅(岐阜県、長良川鉄道)

降りて目の前 くつろぎの湯

みなみ子宝温泉駅
自動ドアの向こうはホーム。ドアの上の信号機が赤黄青の光で列車の到着を知らせてくれる
みなみ子宝温泉駅 地図

 小さな列車に揺られ、山々に囲まれた田園地帯を長良川に沿って北上する。清流の眺めを堪能しようと、蛇行に合わせて乗客たちが右に左に動く。「わぁ」という歓声や「ほう」というため息。

 橋を二つ渡った先の駅で降りる。切符と引き換えに、運転士が「降車証明書」をくれた。これを渡せば、入浴料500円の温泉に入湯税50円だけで入れる。

 1997年ごろ、美並村(現・郡上市)の勝原子安神社近くで源泉が掘り当てられた。神社は90年の国勢調査で「日本の人口の重心地」になったという。線路ぎわに造った露天風呂は「日本まん真ん中温泉子宝の湯」と名付けられ、2002年4月に現在の施設を開業するにあたり、新たに駅が設けられた。

 「ごゆっくり」。運転士の声を背にホームに降り立つ。木のぬくもりを感じる駅舎には、場違いな自動ドア。その向こうには畳の間が広がっていた。上気した顔のお年寄りたちがくつろぐ。列車を降りたら、そこはもう「湯屋」なのだ。

 湯は無色透明のアルカリ性単純泉。内風呂で体を温めて露天風呂へ向かうと、気持ちよさそうな歌声が聞こえてきた。近所に住む加藤百合子さん(79)。「私らは子宝はもう十分だけど、毎日通っとります」。夫婦で15年以上通う常連だ。

 風呂あがりのコーヒー牛乳をグビグビッと飲み干す。1時間に1本足らずの列車が到着する気配はない。のんびりした時間が流れていった。

 文 岩本恵美撮影 浅川周三

 

 長良川鉄道は美濃太田駅(岐阜県美濃加茂市)と北濃駅(郡上市)を結ぶ72.1キロ。

 湯の洞温泉口駅~郡上八幡駅の絶景ポイントで徐行運転するゆら~り眺めて清流列車は、上下線各1便を毎日運行。通常の運賃で長良川の景色をじっくり楽しめる。問い合わせは長良川鉄道(0575・23・3921)。

 郡上八幡城は郡上八幡駅から車で15分。11月24日(日)まで、城周辺でもみじまつりを開催。火縄銃鉄砲隊の演武など毎週末にイベントがある。入城料300円、小中学生150円。問い合わせは郡上八幡産業振興公社(67・1819)。

 勝原子安神社(TEL0575・79・2540)は駅から徒歩5分。お守り(500円)には近くのトンネルの貫通石が「安産の力石」として納められている。毎年4月の祭礼で供えられる力餅を食べると安産になるといわれ、ふだんは力餅の代わりに洗米がお守りとともに渡される。

勝原子安神社

  

(2013年11月5日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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