「ここの水だとお茶もご飯も、みそ汁の味も違うの」。60代の女性が5リットルの焼酎ボトルに家族5人の1カ月分の水をくんでいく。東を大分県日田市に接し、北側には急な山々が迫る福岡県東峰村。ほぼ2時間おきにしか列車が到着しない山小屋風の無人駅に、周辺の市や町から空き容器を積んだ車が次々とやって来た。
お目当ては「岩屋湧水(ゆうすい)」。約60年前、隣の彦山駅との間にある釈迦岳トンネルを掘った際に出た湧き水だ。源泉から駅前までパイプを引き、蒸気機関車の給水に使っていたが、今は誰もが自由にくむことができる。
まろやかな軟水は口コミで評判になり2008年には「平成の名水百選」に選ばれた。一方で、取水口を長時間独占するなどのマナー違反も増加。駅舎や湧水を管理する第三セクターの宝珠山(ほうしゅやま)ふるさと村は、09年に5口の自動給水機を整備し、3分間、約30リットルの給水に対し100円を徴収する有料化に踏み切った。
「以前は殺気立っていたけど、落ち着いてくめるようになった」「今の方が平等でいい」。常連のほとんどが理解を示す。ふるさと村の専務、高倉健二さん(50)は「湧水は村の財産。有料化の経緯は残念ですが、気持ちよく使ってもらえるのが一番です」と話した。
「ここ、まだ出ます。よかったらどうぞ」。余った水を譲る女性がいた。里山の穏やかな時間が流れる水辺に、たくさんのトンボが舞っていた。
文 伊東絵美/撮影 鈴木愛子
JR日田彦山線は城野駅(北九州市)と夜明(よあけ)駅(大分県日田市)を結ぶ68.7キロ。福岡側は小倉駅、大分側は日田駅まで乗り入れている。 筑前岩屋駅から徒歩15分の岩屋神社は国の重要文化財。本殿は福岡県の天然記念物の奇岩群の一つ、権現岩のくぼみに立つ。東峰村の国道211号を中心に、生活雑器の小石原焼、茶陶の高取焼の窯元約50軒が集まる。作品を一堂に扱う道の駅小石原(TEL74・2300)へは彦山駅から車で約15分。同駅は霊峰・英彦山(ひこさん)への玄関口でもある。 |
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筑前岩屋駅から徒歩15分、東峰村の竹地区の棚田は、形や保存状態のよさから農林水産省の「日本の棚田百選」に選ばれている。標高差160メートルの急斜面に約400枚の田が広がり、展望所から美しい景観が一望できる。問い合わせは村企画振興課(0946・74・2311)。 |