朝7時過ぎ、駅がにわかに活気づく。にぎやかな中高生のグループ、母親に付き添われた小学生――盛岡駅や大釜駅に通学する子らだ。薄緑の屋根に白い壁。駅舎の簡素な外見は1921(大正10)年の開設当時から変わらない。
〈汽車からおりたひとたちはさつきたくさんあつたのだが〉。駅前の碑には宮沢賢治の詩の一節。駅は小岩井農場への玄関口として設けられた。農場との間は馬車鉄道で結ばれ、人や物が往来した。賢治もこの駅から農場へと歩いた。
農場創設者の一人、井上勝は明治時代に鉄道庁長官を務め「鉄道の父」と呼ばれる。井上の発案に、日本鉄道の小野義真と三菱の岩崎弥之助が援助をかって出た。3人の頭文字が農場の名となった。
鉄道と酪農の歴史を背負う小さな駅。とはいえ今となっては狭いホーム、車が危なっかしく交錯する駅前。観光客は盛岡から直接、バスで農場に向かう。国鉄時代の81年には無人化が提案された。
地域のまちづくり推進委員会会長、小川元春さん(72)はホームの拡張をはじめ駅の改良を求めている。「立派な駅が欲しいわけではありません。みんなが使いやすい駅にしたいだけです」。中学校の校長だった小川さんは毎朝、駅前に立って児童・生徒の安全を見守る。
7時27分発盛岡行きがホームに入ってきた。隣駅から毎日出張してくる駅員が最後の生徒を押し込む。駅は再び静けさに包まれた。
文 竹越萌子/撮影 上田頴人
JR田沢湖線は盛岡駅(盛岡市)と大曲駅(秋田県大仙市)を結ぶ75.6キロ。小岩井駅は岩手県滝沢村にある。 1300年続くとされる網張温泉へは盛岡駅からバスで1時間。盛岡と温泉を結んでいた旧網張街道は、明治時代に井上勝が農場創設を思い立った道。小岩井農場内に一部が残る。 雫石駅は97年の秋田新幹線開通に合わせて「銀河鉄道の夜」をモチーフに改築。「東北の駅100選」にも選ばれた。構内の驛田舎(えきなか)産直(TEL692・6201)では地元の野菜や土産品を販売。午前10時~午後6時。 |
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小岩井農場(TEL019・692・4321)では小岩井駅と結んでいたトロ馬車に乗ることができる。1958年まで約50年間使われたレールを移設。牧草地をゆっくりと走る。1周5分。400円(入園料別途500円)。午前9時半~午後5時。 |